紅の天鵞絨8

 
 
目が覚めて隣に人がいるってのは温かくて嬉しいものだ。ぬくもりを感じてそう思う。
けど昨日のルルーシュはすごかった。なにがすごかったかといえば、どこを触っても気持ちよさそうに声を出して、僕があれに興奮しないわけがない。僕の上で艶めかしく腰を振るルルーシュ。今想像しただけでまた勃ってしまいそうだ。頭を振ってそんな思考を振り払った。朝からこんなことではきっとルルーシュに怒られるだろう。
僕が起きたせいでずれてしまった布団を彼にかける。よく眠っている。無理させちゃったのかな。そっとルルーシュの頬を指でつっついてみる。眠っている彼はいつもよりずっとあどけなくてとても可愛い。なんてことをしてたらそばでけたたましい音がした。目覚まし時計だ。慌てて止めるもルルーシュは薄く眼を開けてしまった。
「ごめん! ルルーシュ、起こしちゃった?」
「……ああ、……いま、何時だ?」
僕を見ているのか見ていないのか焦点の合っていない目で僕を見上げるルルーシュは、まだ眠さの残るはっきりしない声で聞いてきた。
「まだ5時だよ。ごめんね」
朝シフトのバイトのために目覚ましをかけていたのを忘れていたのだった。
「……バイトか」
「うん。ルルーシュ今日は僕と一緒で2限からだよね?」
布団を鼻が隠れるくらいまで引き上げて、眠そうにルルーシュは頷く。
「じゃあ目覚ましまた9時にセットしとくから。ゆっくり寝て」
また頷くとルルーシュは早速うつらうつらとし始める。そんな子どもみたいな様子が可愛くてそっと頭を撫ぜると、彼は気だるげに身を起こしてキスを寄こす。
「いってらっしゃい、スザク」
そう笑ったかと思えばすぐ布団にもぐってしまった。
僕はにやけてしまうのを抑えられなかった。――なんだこれ! 新婚さんみたいじゃないか!僕のバイト先はカフェだ。仕事に向かう前のサラリーマン向けに朝早くから営業しているし、夜も遅くまで開いているので稼げるかと思いここに決めた。5時に起きて6時には営業開始だ。4時間シフトに入っても2限には間に合う。大学にも近いから便利だ。
入学したての頃、ルルーシュにバイト情報誌をながめているところを見られ、それはそれは驚かれた。「元首相の子息がアルバイトなど考えられない!」とよっぽど僕のすることが理解に苦しむものだったらしい。確かにルルーシュの言う通り金銭的には全く不自由していない。むしろ十分過ぎるほどだった。そして大学に入ってみれば、周りも僕と同じような立場の人が多いらしく、大学生風情で高級外車を乗り回したり、夜毎豪遊したりといった連中ばかりであった。
でも僕が働くのには理由がある。
今はまだルルーシュには言えない。言えないけれどいつかきっと君を救ってみせるから。

 

◆◆◆

「いらっしゃいませ」
自動ドアが開くとコーヒーの良い香りが鼻をくすぐる。閉店間近の店内は意外に人がいる。夜はバーにもなるこの店は、朝とは雰囲気ががらっと変わる。それが分かるくらいにはここに通った。
注文レジの女性にコーヒーを頼む。出てきたカップを持ち席を探しながら店内を見渡すと、スザクはバーカウンター担当のようだ。俺が店に入ってきた時から気づいていたようで笑いかけてくる。こうしてスザクがバイトを上がる時間まで待って二人で帰るのが最近の定番だ。
「もうちょっとだから」と形づくられたスザクの口に浮かぶ微笑みに、頷きを返す。照れくさくてぎこちなくなってしまうのが恥ずかしくて、そそくさと席に座る。
授業の課題になっている本に目を落とす。こうしてスザクのバイトが終わるまで勉強したり、読書したりして過ごす。たまには気づかれぬようさり気なくスザクの働きぶりを見てみたりもする。あいつはどんどん人当たりがよくなっていく。いや、幼少時が腕白すぎただけなのだろうかなどと考えていると、二人掛けのテーブルの目の前の席に、着替えたスザクがやってきた。
「ごめん! 待たせた?」
「いや、俺もさっきまで図書館にいたしな」
「もうルルーシュは勉強しすぎだよ。まだテストも始まってないのに。さ、早く帰ろう」
「お前は学生の本分を何だと思って……」

居酒屋などの看板がうるさい通りを抜けて、マンションへの帰り道を二人で歩く。人が絶えた住宅街に差し掛かると、スザクが誰もいないからと手を繋いでくる。恥ずかしいけれど、ほどくきっかけがなくそのまま歩き続けた。静かな道に俺達の足音だけが響いていた。こんなことをしていると、不思議な感覚に襲われる。自分がブリタニアの皇子であったこと。日本に人質として送られたこと。学生としての忙しい生活はそれらを忘れさせてくれた。あの家から出たことも大きいだろうし、スザクの存在がやはり一番大きいのだろう。
突如携帯が無情な音を響かせる。この音は特別な一人にだけ設定しているもので、出る前から相手が分かってしまう。
「……父さん?」
「ああ、すまない。出るぞ」
スザクは頷きを返した。

『ルルーシュか、今から事務所まで来なさい』
「……今から、ですか?」
『ああ。マンションまで車を向かわせるからそれに乗って』
「もう10時ですよ、いくらなんでも非常識な」
『黙りなさい。いいか、分かったな』
返事はツー、ツーとむなしく聞こえるばかり。心配そうに見やるスザクに内容を伝える。
「……勝手、だね」
「ああ。とりあえず迎えが来てしまう前に部屋に帰らないと」
速足になりかけた俺の手をスザクが今までより強い力で握る。
「……スザク……」
「ごめんな、ルルーシュ。僕はまだ力不足だ」
そう言うスザクの顔があまりにも悔しそうだったので、俺は思わずそのくしゃくしゃの頭を引き寄せて、耳元で「大丈夫だ」と囁いた。

◆◆◆

一応こんな時間でも”出勤”なのだから、スーツに着替えマンションの前につけられたタクシーに乗る。
外から見上げると、事務所の電気は議員の部屋を残して全て落ちていた。他の職員が皆帰ったのかと思えば、今からされるであろうこともマシになろうというものだ。
ノックを3回。返答が無いのは入れの合図。
「失礼します」
いつもと同じ、ねめつける不快な視線が全身をなぞる。
「突然のお呼び出し。ご用件は」
足音のたたない絨毯を革靴で踏みしめながら、声に若干の苛立ちを乗せる。もう十年になろうかの付き合いだ。そこまで気を使うのはやめていた。
「いいから来なさい」
仕事で見慣れている議員の部屋。静岡の本邸と同じように、大きな机に壁を取り囲む書架とちょっとした応接スペース。東京の事務所は別に応接室が設けてあるので、議員の部屋はあくまで腹心といった者だけを入れる部屋だ。
奴に近づいていくといきなり抱き寄せられて机の上に押し倒される。
「……先生っ」
ここで働くようになってから代わった呼称と恨みがましい視線を送っても、当の男は楽しそうに俺のネクタイをほどいていく。
「お前はどんな服でも似合うな。買い与える甲斐がある」
「もう十分です。……着せ替えて遊んでらっしゃるのなら早くやめて下さい」
実際俺達の部屋のクローゼットには分不相応な価格の紳士服がいっぱいで困っている。スザクのものは入学祝いの一着だけで、あとは全部俺に贈られたものだった。
仕立てのいいなめらかな手触りのシャツのボタンを全部はずし終えた時、執務室の扉がノックされた。
「先生、夜分に申し訳ありません。少しよろしいでしょうか」
秘書たちはもう全員帰ったものと思っていたが、まだ残っている人間がいたらしい。俺は思わず身を固くしたが、見つかって困るだろうもう一人は平然とした顔とは裏腹に、強引に俺の腕をつかみ引き寄せて机の下に押しこまれた。
(痛い……)

「入りなさい」
議員がドアへ声をかける。
「遅くに申し訳ございません、先生。こちらをご覧にいれねばと思いまして」
「なんだね」
議員はどっしりと椅子に座りながら秘書の持って来た書類について協議している。これはこの話が終わるまでここに隠れていればいいと判断を下した途端に、やつは職員と話しながらなんと自分のズボンのジッパーを下ろしはじめた。
(な……馬鹿な!)
「明日の委員会での資料ですがーー」
頭上で真面目な会話が交わされているというのに、俺の目の前に現れたのは赤黒いグロテスクなモノだった。冗談じゃない。下着から出されまだ勢いのないそれは頭を鷲掴みにされた俺の口に無理矢理ぶつけられた。他人がいるのにこんなことをするなんてどこまでふざければ気が済むのか。維持でも口を開かないでやろうとすれば何度も頭を押し付けてくる。苦しさと気持ち悪さでついに口を開いてしまうと遠慮なく喉奥まで突き込まれる。しかし声を上げる訳にはいかない。
塞がれたままの口では呼吸もままならない。しかし見つかっては事だ。顎の外れそうな痛みと息苦しさで涙が出てくる。いまだ頭の上での会議は終わる様子を見せない。

開きっぱなしの口から唾液がこぼれるのもそのままに、相手の要望通りに舌を動かす。ただ咥えているだけでは、革靴で局部を踏まれるという罰が待っている。職員が立ち去るのを今か今かと待っていると頭上でようやく声がした。
「では遅くまで申し訳ございませんでした。失礼致します」

「っく、げほげほ」
職員が出ていった途端、乱暴に腕を握られ机の下から引き上げられた。
「はっ、はぁ……なにを、するんですか!」
「これもまた一興だろう」
そして机の上に無理矢理引き上げられ、下衣を剥ぎ取られる。机上の書類やらファイルやらが背に当たり痛みを感じる。
そしてふと、俺はベッドでセックスしたのがスザクがはじめてだと気づくのだった。(まぁどうでもいいことだが)。いつものようにただ脱がされるのを人形のように待つ。しかし今日は勝手が違った。

「お前は自分の立場がまだ理解出来んのか!」
「っつ……」
いきなり股を開かされたと思ったら、内ももの白い部分に赤く手形がつくほどの勢いで叩かれた。
「自由にしてやったと思ったらすぐこれだ。えぇ!? どこの男に足を開いたんだ!」
「は、なにを……」
議員が執拗に腰の辺りを掴んでくる。
「尻に手形がつくほど他の男と興じていたというわけか」
「ちがっ、違います!」
そんな跡があるなどとは思いもよらなかった。キスマークをつけたがるスザクに言い聞かせてそのような気配を残すのは用心していたというのに。
「なにが違う! わし一人では満足できんということだな。全くの好き者に成り下がって」
「いやです、やっ、無理……っ」
怒りに任せてまだ準備もされていない後孔に無理矢理侵入される。
「いつっ、痛いです、やめ」
「育ててやった恩も忘れて……、ルルーシュ、誰と寝た」
誰もお前のような輩に恩など感じるものか! 怒りと実感が心の底から湧き出てくる。こいつとスザクは全く違う。スザクと抱き合ってから俺はやっと気づいた。暴行とセックスは本質的に全く違うものだということを。
真実は間違ってもこの男には教えるものか。拳を握りしめて俺は決意した。