おまけの一日

 規則正しい電子音で目覚めた時、生まれ変わった気がした。

ルルーシュが目覚めたのは見たことのない場所だった。
意識は朦朧としており胸からは鈍痛。呼吸音がやけに耳につくと思えば口には酸素マスクが取り付けられているようだ。
手を動かしてみようと思っても身体が鉛のように重い。起き上がろうとすれば激痛が走った。
「ルルーシュ様! ルルーシュ様!!」
部屋のドアを勢いよく開けて室内に飛び込んできたのは血相を変えたジェレミアだ。
「お目覚めに……よくぞお目覚めに……」
涙ながらに跪きながらルルーシュの手を取るジェレミア。
ルルーシュは覚醒直後のぼやけた頭で考える。
――何故俺は生きている?
「ジェ、ごほっごほっ……ジェレミア……」
「はい、陛下! ジェレミア・ゴットバルトでございます! まだお話するのはお辛いでしょう。あまり無理なさらず」
喜びながらもうろたえる臣下に向かって、ルルーシュは無理矢理起き上がり酸素マスクをむしり取りながら、出来る限りの声量で叫んだ。
「何故俺は生きている! ゼロを……スザクを呼べ!」

「まぁ落ち着け。お前は本当に悪運が強いな」
C.C.はベッドの傍らに座り、いつもと変わりない様子でピザを咀嚼している。
ジェレミアが手配した医師により、鎮静剤を投与されたルルーシュは呼吸荒く彼女をねめつける。
「お前も……何か知っているのか。……計画は完璧だったはず……」
「私は何も知らない。まあ大人しく英雄の帰還を待つんだな。その体では動けまい」
「っげほっ……お前は何があっても動じないんだな」
「さあもう黙れ。寝ろ」
口調とは裏腹に、C.C.はそっと手を乗せルルーシュの目を塞いだ。傷口の癒えぬ体は薬の効果もあり静かに眠りについた。

今度の目覚めは感触によってもたらされた。右手を強く握られている。ゆっくりと目を開くと、待ちわびたその人が覗き込むように見ていた。
「ルルーシュッ! 生きてるんだな!」
目を赤くしながら縋りついてくるのは間違いなくスザクだ。ゼロの衣装に身を包んでいる。
「っスザク……! 貴様」
ルルーシュは激情のあまりスザクにつかみかからんばかりに身を起こすが、再びの痛みにすぐに伏せってしまう。
「くあっ!」
「動かないで。まだ傷口は塞がってないんだから」
「……スザク……説明しろ」
ルルーシュの厳然とした声音にスザクは騎士のように身を正した。
「作戦は、ゼロ・レクイエムは完璧に遂行された……。僕は確かに君の胸を剣で貫いた。舞台から滑り落ちた君はナナリーの前で意識を失い、民衆は悪逆皇帝の死に歓喜した……」
「なら何故俺はここでこうして生きている! 確かに俺の遺体に関しては特に指示はしなかったが、それもお前なら確かに息の根を止めてくれるだろうと……」
「ジェレミア卿と親衛隊で、君をあの場から回収したんだ。そして医師のもとへ搬送した。君が息を吹き返したのは奇跡だよ……。でも安心して、僕は君の死を宣言した。皆が悪逆皇帝ルルーシュはもう死んだものと思っている」
スザクは感情を抑え淡々と状況を説明した。しかし握られたルルーシュの手には痛いほどの力が入っていた。
真実を突きつけられたルルーシュは混乱し、よく働かない頭で考える。
悪逆皇帝の死は全世界に知らしめられ、帝政ブリタニアは崩壊した――。それは筋書き通り。しかし、あのような太い剣で胸を刺し貫かれれば、その場で絶命するだろうという自分の読みが甘かったのか! 自分の遺骸がどうなろうと知ったことではなかったが、仮にも皇帝。辱められることの無いよう臣下が処理をするのは自然なようにも思える。だが、
「だがこれでは……計画は失敗だ」
力無くルルーシュは呟いた。その声は酸素マスクに吸い込まれスザクには聞こえることは無かった。

◆◆◆

せわしない足音と勢い良く開く扉で訪問者が誰かおのずと分かる。
「ルルーシュ! 調子はどうだい」
「おい、正義の味方はそんなに暇なのか? 俺の頃は休む暇もなかったのに」
ルルーシュはベッドの上で身を起こしてスザクを迎えた。
「起き上がってもいいのか?」
「ああ、少しなら。今日は天気がいいから外に出てもいいってジェレミアが」
見ればベッドの横には車椅子が準備されている。
「連れてってくれるだろう? オレンジの白い花が綺麗に咲いているそうなんだ」
「僕が来ること、分かってたみたいじゃないか」
笑いながらスザクは、手を伸ばすルルーシュを抱えて車椅子に乗せる。カーディガンとひざ掛けをかけてやると、ルルーシュはどこか懐かしそうに微笑んだ。
「こんな感じなんだな、乗っているのは」

「久しぶりに陽を浴びたな、気持ちいい」
目を細めて空を見上げるルルーシュに、スザクはずっと思っていたことを問いかける。
「君は……こんな結果になって、どう思ってるの? 死ねなかったことをまだ後悔している?」
「そうだな……」
なるべく振動させないように車椅子を押しながら、スザクはその返答を待つ。
「そもそも、この世のすべては死ぬために産まれてくるだろう?」
「まぁ……そう言えなくもないね。でもその死に方が、生き方ってことじゃないのかな」
「そうだな。それで俺は、ゼロ・レクイエムで、その人間に与えられた平等な死を最大限有効に使えると思っていた、だから後悔などある訳がなかった」
肩肘をついてルルーシュは考えているようだった。オレンジの木の木陰で車椅子を停めて、スザクもその横に座り込んだ。
「しかし今何とか命をつないでいるのは……まったくもって計算外としか言いようがない。俺もどうしていいのか分からないのが正直なところだ……」
身を乗り出して返事を待っているスザクの様子にルルーシュは破顔した。
「なにもお前を恨んでいるわけじゃない、安心しろ。こうなった以上、ただ求めてくれる人の為に生きてみるのも悪くは無いかと思っている」
こんな何もできない体では足手まといなだけだが、とルルーシュは苦笑する。
「そんなことはない! 君がっ、君が生きていてさえくれれば俺は」
「そう言ってくれるのなら、この第二の人生はお前の為だけに生きるよ」
繋いだ手は暖かかった。

◆◆◆

「お前本当にゼロなのか? この私に心配されるようでは相当だぞ」
「ちゃんと働いてるから! ルルーシュがシュナイゼルをサポートに回してくれたから、彼一人の時より時間に余裕があるんだよ」
ルルーシュの病室はいつものようにピザを貪るC.C.と、リンゴを器用にむいているスザクという珍しい取り合わせだった。
「ルルーシュは診察中なんだろ?」
「ああ、前より体力も回復したし、大丈夫だろう」
「そっか。よかった……」
しばらくすると廊下の向こうからルルーシュの声が聞こえてきた。
「だから! もう大丈夫だと言っているだろうが! 全くいつまで経っても病人扱いで」
「しかしルルーシュ様! お怪我をされてからまだ一月と経っていないのですよ! もう少し大人しくしていて下さらないと……」
「ええいうるさい! なんだ、来てたのかスザク」
扉を開けたのは今にも車椅子から立ち上がりそうなルルーシュだった。
「おい、私もいるぞ」
「お前はいつでもいるだろ。入院食の人間の横でジャンクフードを貪り食って……!」
スザクは少し息の上がっているルルーシュを支えてベッドへと寝かせてやる。
「はいリンゴ」
「ああ、ありがとう」
素直に受け取り、少しずつリンゴを食べるルルーシュにスザクは幸せそうに微笑む。
「何か食べたいものがあるの? ルルーシュ」
「そうだな……スザク。苺が食べたい」
「苺? いいけど……今季節じゃないからちょっと用意するのに時間がかかるな、いい?」
「ああ」
「君がわがまま言うの珍しいね。なんか嬉しい」
「そうか? 私の望みは何でも叶えてくれるだろう? 唯一の騎士よ」
「ははっ、イエス、ユア・マジェスティ。じゃあ買ってくるよ」

ガラリと扉が閉まり、足音が遠のいていくのを聞き届けてからルルーシュは寝台に身を預けた。先程とは打って変わって呼吸が荒い。
「お前……どうした」
「スザクは……行ったな……」
胸を抑え苦しみはじめたルルーシュに、C.C.はそれまでの余裕をなくし立ち上がり彼の背をなだめるように撫でる。
「ごほっ、げほっ……がっ」
「ルルーシュ!」
C.C.は胸に温かな液体が触れるのを感じた。服は真っ赤に染まっていた。
「おい! しっかりしろ!」
ルルーシュは息も絶え絶えにC.C.の胸で咳き込む。やがて発作がおさまると口端から血を垂らしながら顔を上げた。
「はぁっ、すまない……汚し、た」
「そんなことはどうでもいい! お前回復しているんじゃなかったのか?」
ずっとそばで見てきたはずだとC.C.は思い返す。なにもおかしなところは無く、順調に回復しているものだと……。
「くっ、医者は、俺のギアスの支配下だ。黙らせることなど、たやすい」
「ではお前は……」
「ああ、もう長くはない。負った手傷が流石に大きすぎた。生き返っただけ奇跡なんだ。もうどうしようもないと……」
ルルーシュは痛みに虚ろな目でC.C.の瞳を見つめると、真剣なまなざしで懇願する。
「なるべく、なるべくスザクには知られないようにしたいんだ。頼む……」
「ルルーシュ……いつものお前と違い短慮だ。そんなものはすぐにばれる」
「いいんだ。ぎりぎりまで、あいつには安らげる時間を……」
顔を青ざめさせ気を失うように眠りについたルルーシュを、C.C.は痛ましそうに見守り続けた。

「ルルーシュ、お待たせ! 苺……」
「眠ってしまった。残念だったな」
スザクが帰ってくる前に吐血の跡は綺麗に消し去られていた。
「じゃあ起きたら食べさせてあげて。僕もう行かないと」
「…………すざく?」
か細い声が聞こえ、二人は振り向いた。
「起きたのかい、ルルーシュ! でも僕もう出発しないといけないんだ。またすぐ来れるようにするから」
最後に顔だけ見せようとスザクはベッドへと駆け寄る。顔にかかった前髪をすいてやりながら、行ってくるねと囁く。
「ああ、行ってこい、ゼロ」

次にスザクがルルーシュのもとを訪ねて、それが最後となった。

ジェレミアから緊急の連絡を受けたスザクは、なんとかゼロとしての役目を終え次第ゴットバルト邸に駆けつけた。本当は連絡を受けてすぐ旅立ちたかったが、それでは公私混同だ。
そしていつも以上にスザクは何か嫌な予感がしていた。ジェレミアは滅多なことでは連絡してこない。
逸る想いを抑え、やっと到着すれば邸の雰囲気が今までと全く違っていた。
「ジェレミア卿! ルルーシュはっ、ルルーシュになにかあったんですか!」
「ああ枢木、早く!」
病室に入れば、ルルーシュはその体にたくさんの管が繋がれていた。素人でも分かる命を刻む音を知らせる機械は不規則な音をたてている。
「なんで……! ルルーシュ!」
呼びかけても意識の無い体は答えない。傍らにいつものように寄り添っているC.C.を見れば、彼の様子が良くないことが嫌でも分かった。
「なんでこんなになるまで教えてくれなかったんだ……! 君は知ってたのか?」
「それがこいつなりの思いやりだそうだ」
「馬鹿だよ……君は……」
ベッドに突っ伏すようにスザクは崩れ込んだ。
回数こそ多くはないが時間を作って様子を見に来ていた。来るたびに彼は元気になっていくようで、その笑顔に安心していた。気づかなかったのは彼が巧妙だからだろう。いつも人の考えの先を行くルルーシュ。最後まで敵わなかった。

予断を許さない状況が続く中、ふとした拍子にルルーシュのまぶたが開いた。
「ん……」
「ルルーシュ!」
「スザク……」
「なんで……なんでっ」
思いが溢れてうまく言葉にならない。
スザクの頬へと伸ばされた手の平は冷たかった。まるであの時握ったユフィの手のようで――。
「すま、ない。体がついていかなかった……体力馬鹿の、お前なら、大丈夫だったかも、しれないな」
「ルルーシュ……」
「あの時と違って、話が出来るのはいいな……」
「なあルルーシュ。お願いがあるんだ」
姿勢を正したスザクに、ルルーシュはゆっくりと顔を向ける。
「僕が死んだら、君の墓に一緒に入ってもいいかい」
予想外の申し出にルルーシュは瞳を見開いた。
「……自分の墓を、自分でどうこう出来るとは、思っていなかった、から、考えたことはなかったが……それは……いいな……。あとは、あのたくさんのひまわりが、見られたら」
スザクは瞳を潤ませ、今にもこぼれおちそうな涙をこらえて精一杯の明るい声を出す。
「分かった。……僕が逝くまで待ってて」
「頼んだぞ、ゼロ」

それから昏睡状態のまま数日が経ち、そのままルルーシュは息を引き取った。

「ゼロ、これからお前はどう生きる?」
スザク、C.C.、ジェレミアだけで彼をひっそりと葬った後、去りゆく背中に魔女が問いかける。
「使命を果たすだけだ。私が弱くなったとでも思っているのか。もともとゼロは孤高の存在。いや……違うな。私はもっと強くなった。なぜなら」
――帰ってくる場所が出来たから。

関係者以外入ることの無いゴットバルト領の片隅。名の無い墓石が一つある。
「知っていたか、ルルーシュ」
赤と白のワンピースに身を包んだ緑の髪の少女が慣れない手つきでスコップを手にし、墓石の周りにひまわりの種を植えている。
「日本では『同じ墓に入る』というのはプロポーズの文句らしいぞ」
良かったな、と微笑みながらC.C.は地面にスコップで文字を書く。

『英雄ゼロ、ここに眠る』

その文字は風に吹かれやがて消えていく。
真実を知る者はいない。
それは当事者だけの贅沢である。

◆◆◆

「ねぇ、オレンジ畑を超えた丘のところにお墓があるでしょう」
「うん。あの何も書いてない古いお墓。みんな誰のお墓だか知らないの。不思議だわ」
「ジェレミアおじい様がいつも言っていらしたの、あのお墓だけは怠ること無くずっと綺麗に保ちなさい、それがゴットバルト家の未来永劫の使命だって」
「ええ。帝政の頃、この家は結構な身分だったのよ! だからきっとあのお墓には、昔の偉い王子さまや騎士さまが眠ってらっしゃるんだわ!」
「そうね、きっとそうに違いないわ!」

 
 
ゼロレクイエム時の「ゼロ!ゼロ!ゼロ!」は表面上はゼロ(スザク)に向けられた喝采だけど、事情を知っている人ならゼロという英雄をつくりだしたルルーシュに向けられたものであるのも分かって、まさに二人のゼロへのレクイエムになっている。本当にギアスが大好きです。
誕生日おめでとう、ルルーシュ!