紅の天鵞絨3*

 
その日俺は街に買い物に下りていた。目的のものを買い揃えて、最後にお土産にケーキを3つ買って、屋敷に帰ろうとしていた時だった。
「ルルーシュ君、買い物かい?」
ワンボックスカーに乗った男に声をかけられた。助手席に乗って窓から顔を出しているのは枢木議員の秘書だ。髪をぴったり撫でつけて眼鏡をかけた、いかにもまじめそうな男だ。顔は知っているがあまり話したことはない。
「お屋敷まで送っていこうか。乗りなさい」
「結構です、自分で帰れますので」
「いいから、もう日も暮れる。暗くなると神社の辺りは危ないだろう」
確かに以前不良の集団にブリタニア人だからと因縁をつけられたことがあった。その時はスザクが見つけてくれて、二三発殴られるくらいで済んだのだが、それ以来暗い中を一人で出歩くなと怒られたのだ。幼い頃からずっとあいつはそう言って俺を守ってくれようとしてきた。それは素直にありがたいと思うが、出来る限りの自衛も必要だ。甘えっぱなしは、性に合わない。
「……ではお願いします」
俺がそう言うと、秘書は笑って後ろに指示をする。後部ドアが開いた。後ろにも人が乗っていたことに多少気後れする。
俺が乗り込むと車は走り出した。運転手も隣の男も見覚えはなかったが、秘書と共にいるということは議員の関係者なのだろうか。ドアを開けた男と目があったので軽く頭を下げると彼はにこやかに会釈をしてきたが、その後もずっと舐めるような視線を感じ居心地が悪かった。どうせ大した距離ではない、俺は意識してずっと窓の外を見ていた。早く屋敷につかないものか。
 
 
「……道が違いませんか」
次第に車外の光景が見慣れないものになってきた。車に乗ることは滅多にないのでこのあたりの道には詳しくないが明らかに屋敷の方向とは違う。どんどんと道から外れた林の中に入っている。
「あぁ大丈夫。近道だからね」
秘書の男が答えるが、笑いながら運転手と目くばせしている。
「もうこの辺でいいんじゃないか。人っ子ひとりいねぇよ」
隣の男が前の座席の間に身を乗り出して話しかける。その口調の荒さに嫌な予感がする。
いきなり車は止まり、車のライトが消えると林の中は真っ暗になった。早く帰らないとナナリーがいらぬ心配をしてしまうのに。
「何ですか……。早く帰してください!」
車中の電気がつけられると三組の目が俺を見据えている。空気が変わったのを感じる。
「まだ何されるかわからない?」
隣の男に肩を掴まれ座席に押しつけられた。
「離せっ、汚い手で触るな!」
男の手が全身を撫でまわして、顔が首筋に近づいて舐めまわされる。もがくけれど大柄な男には敵わなくて、全身を怖気が走る。秘書と運転手もいったん外に出て後部座席に乗り込んできて座席全体を倒しフルフラットにした。
「大人しくしていたらやさしくしてあげるからね」
「やめろっ、くそっ、こんなことをしてどうなるか分かってるのか!」
「俺はブリタニアの皇子だぞって? はっ、こんな遠い国に捨てられて、嬲り者にされて可哀想にねぇ」
「どうせ先生に散々やられてるんだ。今更もう遅えよ」
「触るな、下種がッ」
そう吐き捨てた瞬間頬に衝撃が走った。平手を食らったようで口の中に血の味が広がる。
「いってぇな!」
「ぐあっ……!」
本能的な恐怖を感じて暴れると、どうやら男の顔をひっかいてしまったらしく逆上されて思いっきり殴られた。
「おいおい殴るなよ。かわいそうに震えちゃって」
「ごほっ、けほ」
隣にいた男が頬を気遣わしげに撫でてくるが、欺瞞に満ちたその行為に募るのは怒りばかり。せめてもの抵抗の意を睨みつけて表わすと、返ってきたのは得体の知れない笑みだった。

 

 

「あっ、だめだ……、やめ、ろ……ん」
三方から六本の手で体中触られた。
尻だけを上げてうつ伏せに転がされて、大して慣らされもせず挿入される。まだ十分に広がっていないのに、無理矢理侵入してくるそれは凶器だ。
「やっ、いや、やめろ! いたぁ……」
もう何回も身体をいいようにされてきたけれど、こんなに乱暴にされたことはなかったとぼんやりした頭で思う。あの男はいつも執拗にじれったくなるまでそこを溶かしてきたから。そしてあの男以外に抱かれるのははじめてだと思い至る。女ではないし、元からご大層な貞操ではないのだからどうってことはないのだけれど、少し悲しくなった。
「泣いてるの? そんなに痛かった?」
「気持ちよくて泣いてんだろ、すっげえ締め付けてくる……! 三人に犯されて嬉しいんだ、なぁ!」
「ちがうぅ……、あ、あぁ、ん」
「じゃあ上のお口も犯してやろうな」
「んー! んぐ、んう」
楽しそうな声とともに性器が遠慮なく喉まで入ってきて奥をずんずん突かれる。苦い先走りが口にひろがって気持ち悪いが、モノのように手で頭を動かされて呼吸もままならない。涙目でされるがままな俺を見て秘書が自分のものを扱きながらにやにやと笑っている。
「先生の書斎から君の喘ぎ声が聞こえてきてね……。その痴態をいつか目の前で見たいと思っていたんだ」
「見ろよこの腰の動き、自分でイイとこあてちゃって、抱かれ慣れてるな。先生はやさしくしてくれるか、ん?」
好き勝手に突き上げて好き勝手なことを言う奴らに俺はなにも逆らえない。揺さ振られるたびに先程殴られた脇腹がずきずきと痛い。俺は無力だ。
「んぶ、ん……、ぷは、ふあ! あぁ、いやぁ、あっあっ」
「なぁ皇子さま、こんなによがってたら彼女できた時に恥ずかしいですよ! いや彼氏かな、もう突っ込まれないと満足できないですもんね!」
「ははっ言えてる。なぁルルちゃんも好きな人くらいいるんだろ?」
――好きな人……。今までそんなこと考えたこともなかった。けれどその言葉を聞いた途端頭を占めるのはなぜかみどりの瞳の幼馴染みだった。あの太陽の笑顔をまぶたに思い浮かべると、こんな汚れきった自分が恥ずかしくなるのになんだか変な感覚が湧き起こって……。
「好きな人にやられてるって想像してご覧。もっとよくなる」

 

この手がスザクの。乳首をつまむ指が、前を扱く手が、後ろを犯すのがスザクのもの。そう思うだけで全身がぞくぞくして熱くなった。
「んっ、んぅ、あぁっ! だめ、だめぇ」
「急にイイ声出しちゃって、好きな人いるんだな」
「ぎゅうぎゅう締め付けてかっわいいねぇ、ほらこれがそいつだって思ってみな!」
いったん引き抜かれたそれが今度はゆっくりと思い知らせるようにそこを開く。
――ああ、入ってくる……。
揺さぶりが先程より激しくなって出し入れの度にぐちゃぐちゃといやらしい音がする。それにすら興奮していた。中を貫く熱くて固いこれがスザクのもの。スザクが俺を抱く。あの少し日焼けした肌に抱きしめられて、マメのできた固い手の平に体中触られて絶頂を得る。
「あっ、はあぁ、あん! きもちいぃ……イイ」
今までにないほど感じた。今俺の前にいるのはこの男どもじゃなくてスザクなんだ。中のものも、両手に握らされているものもすざくの……。
「もうだめっっ、いくいく、やだっもうや、すざ、すざくっ、あぁー!」
最後には自分から腰を振りたくって、手は握った男のものを自ら扱いた。
内に外に三方から白濁をかけられても絶頂の余韻でおぼつかない頭は、それがあいつのものだったらどんな風だろうかと夢想していた。

 

「……おい、コイツ今スザクって言ったか?」
「ははっ、まさか坊ちゃんに惚れてんのかよ! ほんとにホモじゃねえか、おい起きろ」
「は、あ、や、ちがう、ちがっ」
「……面白いな、君はスザク君のことを考えてイったんだ。スザク君はホモじゃないよ。気持ち悪いねぇ、本人が聞いたらどう思うかな?」
「だめ、いわ、いわないで……」
「じゃあ口止め料払ってもらわなきゃ」
「そうだな、高ぇぞ。あと何回付き合ってもらおうか。三人もいるんだからな、まだへばるなよ」
「おい見ろよ、こんなに広がってる。二本まとめて入んじゃねえのか」
「はははっ、そうだな! 二本挿しは初めてか?」
「い、やあ……! むり、そんなのむりだっ」
「無理じゃないよ。君ならきっと気持ちよくなれる。ほら、一本目だっ!」
「あ、はあん、ああ! あぁ……」
「はあ、いい穴だ。さあ、二本目おねだりしてごらん。足、広げといて、あげるからね」
「ひや、あん、いやだあっ」
「いいかい、君に拒否権なんてないんだ。ほら、一本じゃ満足できない淫乱なルルーシュにもう一本おちんちん恵んでくださいって」
「ひゃあ、やぁ、んっ、やめて」
「あったまわりぃなぁ! 坊ちゃんに言うぞ」
「あ! くっ……。いんらんなっ、るるー、しゅに……あぁ! んっ、もいっぽん、おちんち、めぐんでくださぁいっ」
「はっ言いやがった! ほらよ!」
「ぅあああああああっ! ひいっ、ああ、あー、あーっ……」

散々汚された後始末もほどほどに、奴らに解放されたのはもう十時になろうかという時間だった。手酷い快楽を味わって放心している間に写真を撮られていたらしく、デジカメの画面の見たくもない自分の姿を見せつけられた時には眩暈を覚えた。
誘拐だなんて大胆なことをしでかしたくせに、やはり上は怖いのだろうか、枢木議員には口外しないと約束させられた。あの男は俺がどうなろうとて構わないだろうとは思うが。
離れからは明かりが漏れ出ていて、今自分が立っている真っ暗な場所とは違って光り輝いて見えた。あんなに帰りたかった場所なのにいざ目の前にすると足がすくむ。けれどきっと二人とも心配しているだろう。
意を決して引き戸に手をかけると、それが勝手に開いて驚くとともに走ってきたらしいスザクと目が合うなり怒鳴られた。
「お前なにやってたんだよ! 連絡もなしに、心配したんだからな!」
こんなに感情をあらわにする彼を久しぶりに見た気がする。唾を飛ばすほどの勢いで詰め寄られ、肩を掴まれて思わずその手を払ってしまった。想像していたあの手だ。触れられて心臓が跳ね上がる。
「……ナナリーは?」
「もう寝たよ、ずっとお前のこと心配してた」
「そうか。スザクも……すまない」
この身についた恥ずかしいにおいを感じ取られたくなくてスザクから距離をとる。
「お前、顔腫れて」
「……話は後でいいか」
買ったケーキは、紙箱ごと潰れていたので捨てた。

――全くあいつは何をしてるんだ!
いつもなら夕方までには帰宅しているはずのルルーシュが買い物に行ったきり帰ってこない、と泣きそうなナナリーから聞いた時には血の気が失せた。
急いで街まで走って寄りそうな所は全て探したけれど、彼の消息は掴めなかった。ナナリーに心配させるなどルルーシュにとっては一番避けたいことのはずなのに。あいつらしくない行動に胸騒ぎがした。
夜も更けた頃やっとルルーシュは帰ってきた。庭を歩く足音がいつもと違う。慌てて迎えに行くと、明らかに様子がおかしかった。シャツのボタンはとれているし、頬を真っ赤に腫らしている。目も泣きじゃくったように赤く腫れて、涙の線も見えた。まるで乱暴されたような――。
ずいぶん長い時間の後、廊下と居間を仕切るガラス戸が開いて、濡れた髪でパジャマに着替えたルルーシュが入ってきた。
「大丈夫か?」
声もなく頷いた彼は床にすとんと座った。明らかに憔悴している様子だ。既に傷ついているのが明らかな人を前にして、更に傷をえぐってしまわないかどうか自信が僕にはなかったけれど、きっとこのままにしておくよりは吐き出させた方がルルーシュのためになると思った。
「なにがあったんだ?」
ルルーシュの唇が震えながらうすく開いて、閉じた。見えたのは唇の傷の痛々しい赤。
「切れてる……。痛いか」
用意していた軟膏を口の端に塗ってやると、ルルーシュは痛そうにしながらも大人しくされるがままだった。腫れてる頬を包み込むように手の平で確かめる。熱い。
「街に……、買い物に行ったんだ」
ルルーシュは訥々と話し始めた。
「日が暮れると危ないということは分かっていた。だから早めに帰ろうとしたら……っ、しら、知らない男に、車に、連れ込まれてっ、無理矢理……。抵抗したら殴られて、そのまま」
「っもういい!もういいよルルーシュ!」
いつもと違うたどたどしい話し方に僕は悲しくなって、思わずルルーシュを抱きしめていた。
「いやっ!」
まさか振り払われるとは思っていなかった。けれど怯えきった彼の目を見て、自分の行動の軽率さを知る。
「あ、ご、ごめん! 今のは俺が悪い」
「はあっ、あ……。いや、すまない……」
もう泣きそうなぐちゃぐちゃの顔で、それでもルルーシュは泣かない。
「……眠れるか」
手を引いて立たせるとルルーシュは文句もなく従った。そのまま暗い廊下を歩く。手をつないで歩くなんて久しぶりだった。小さい頃も近所の悪ガキにいじめられてたところをこうして連れて帰ったな……。
この田舎では未だ外国人への目線は珍しいものを見るもので、異国の兄妹は奇異の目に晒されることが多い。
しかしルルーシュがこうも謂れのない暴力を受けることが多いのは、それだけが原因ではない気がしてならない。なにか彼には良からぬ衝動を呼び起こすところがあるのだ。
ルルーシュの部屋の電気をつけると、そこはいつも通り整然と片付いていた。常と同じということはこの冷たい手を少しでも安心させてくれるだろうか。眠れるまでそばにいようとベッドの横に陣取った。
「お前ももういいぞ……。今まで待たせて悪かった」
「いいから早く寝ろ。寝るまでここを動かないからな」
はずすタイミングを失ってしまった手はそのまま。
「……ありがとう、スザク」
「いいから、おやすみ」
目の前で紫が黒に縁どられて閉じる。枕に流れる髪が緩やかな流線形を描くのをしばらくの間、見ていた。
ふいに再び開いた両の目に捕えられてずっと見ていたことがばれてしまった。恥ずかしくて目を逸らそうとしたけれど、その後のルルーシュの表情から目が離せなくなった。笑っているのだけれど、こちらが悲しくなるような切ない顔。困ったように下げられた眉が「俺は大丈夫だから」と懸命に主張しているようで、もうそんな顔をさせたくなくて俺はぎゅっとその白い手を握った。

 

スザクがベッドに突っ伏して規則正しい寝息を立て始めた頃、ルルーシュはまたそっと瞳を開く。身体はひどく疲れているけれど、まだ眠れそうにはなかった。
眠りに落ちても未だ手を握ったままでいてくれるのが嬉しくて、一筋涙がこぼれる。
ルルーシュは今日自覚した。スザクを好きだということを。けれどその想いが届かないだろうことも同時になんとなく分かっていた。親友の顔をして、その実ずっと父親と関係して。さらには男にレイプされてしまった。汚い身体だ。
それでもそばにいられるのなら、薄氷のようにもろい欺瞞でもそれにすがるしかなかった。

その時傷ついた少年がついた小さな嘘に彼が気付くのはもう少し後のはなし。