紅の天鵞絨2*

 

「上手くなったな、教えた甲斐があったというものだ」
大柄な男の膝のあいだで、少年の黒髪が揺れる。薄暗い部屋には生々しい水音が響いていた。少年の目許は赤く色づき陶然と愛撫に熱中していて、その様は男の欲を煽るものだった。
「んっ、んっ……、はぁ」
喉まで咥えていたものから頭を上げ、先の割れ目を舌の先を尖らせて丁寧になぞる。舌を離すと先走りと唾液の混じった液体が伸びて床に落ちた。男の反応を見て満足したように微笑むと、少年はまたそれにしゃぶりつく。
じゅぷじゅぷと恥ずかしげもなく音を立てて愛撫しながらも、口内のイイところに男のペニスをあて自らも快感を得る少年の性器もまた勃起していた。
「……つっ、いくぞ! 飲みなさい」
その声とともに肉棒が震えだすと少年は亀頭だけを含んで追い打ちをかける。
やがて最初のひとしずくが口内に発射されると、少年は性器を口から出して手で扱き、舌を出して男の子種を受けとめた。上目遣いで見つめてそのまま飲み下す。男は息を整えると、男の指が細い顎を掴み上げて言外に”次”を指示する。

いつものことだと言うようにルルーシュは半ば諦めて男の膝に上り、受け入れる態勢をとる。既に執拗な愛撫で溶かされていた後孔に男の猛りを誘った。
「あ……、うんっ」
数年前から慣らされた身体は簡単に男を呑み込んでいく。最初の頃のように薬を使わずとも、何度も気をやるくらい感じやすい身体に作り変えられた。あらぬ所で得る快感に戸惑いながらも、はじめて味わった悦楽はこの男に犯されて得たものだ。彼にとっての性とはそういうものだった。
擦って再度大きくした猛りに白く長い指を添え、ずぷずぷと奥深くまで咥えこむ。大した抵抗もなく体内に収めてしまうと、男の首に腕を回し自ら腰を使い始める。
「はぁっ、あぁ! あー……」
ゆさゆさと腰を振りながら、親友の父親に媚びたように頬ずりする。
「どうだ、いいか」
「あ、はいっ……んっ、奥まで入って……」
その言葉に気を良くしたのか、更にぐっと下から突き上げられて衝撃にルルーシュの喉が反る。
「ひゃあ! あっ、きもちい」
「くっ……ほら、どうして欲しい。言いなさい」
「あっ、もっと突いて、はげしく、奥を」
男に強請りながらも自分から体重を使って激しく腰を落とす。太った親爺の腹に乗って快感をむさぼる様は15歳にしては早すぎるほどの艶姿だった。
「ん、んう、アー……」
「いい、ぞ。はぁ……、全く、お前は男を煽る」
焦点のあわない紫の双眸は涙で潤んで、紅く色づいた唇も濡れていた。刺激を与えられない前方は男の腹に擦りつけて満足させる。
「あぁ、あ、イきたい……、もう、イかせてくださいっ、あぁん!」
ゲンブは少年の骨ばった尻を揉みしだきながら命じる。
「イくときは、お前をイかせてくれるちんぽを締め付けてご奉仕するんだ」
「あっ、はいぃ! もうだめ……、くるっ、いくぅ」
背筋を反らせてルルーシュは絶頂を極めた。言われたように痙攣を繰り返す後孔には温かいものが広がって、その感覚に少年は目を細める。締め付けの強弱を操って内部の男を昂ぶらせる術を教え込まれた身体は、そうすると自分もよくなることを身を持って学んできた。性器から欲を吐き出しても中々消え去らない余韻に浸っていると、一息ついた男が楽しそうに言う。
「毎回種をつけてやってるんだ……、お前が女だったらとうにスザクの弟か妹が出来ているだろうな。どうだ、私の妻に、あれの母になる気分は」

毎年夏も盛りのある数日、枢木神社は人でにぎわう。祀られている神々の縁日にちなみ祭りが行われるのだ。夏の纏わりつくような、でも昼より涼しいあの独特の匂いの空気の中、敷地のあちこちに吊るされた赤い提灯によっていつもの風景が異なる顔を見せるのが、子どもたちは好きだった。
「あれナナリー、紺の浴衣なんて持ってたっけ?」
履いていたサンダルを勢いよく脱ぎ飛ばして、スザクは縁側から離れに上がり込む。
「はい! 今年お兄様が新調して下さったんです。前のピンクのはちょっと小さくなってしまったので」
「大人っぽくて可愛いよ」
「ふふ、ありがとうございます」
「ナナリー、髪飾りあったよ。スザク、帰ってきたのか」
ルルーシュが手に可愛らしいかんざしを持ってやってきた。どこかにしまい込んだのを探してきたのだ。
「今日は祭だから、稽古早く終わったんだ」
神社の裏の道場からスザクは袴のまま急いで帰ってきたのだった。
「お前はいつまでも子供だな」
ナナリーのふわふわの髪を結い上げて仕上げにちりめんの飾りを刺してやりながらルルーシュはおかしそうに笑う。そんな彼の目が楽しいことを思いついたように生き生きと輝いた。
「スザクも着ればいい、浴衣」
「えー、もう祭りで浴衣って歳じゃないよ、女の子ならいいけどさ」
「俺が着せてやるから、な。まずはシャワー浴びてこい」
ルルーシュはいたずらを思いついた子供の顔のまま、スザクの手を掴むと強引に風呂まで連れていく。不平を言いながらも従うスザクの声にナナリーはくすくすと笑った。二人とも文句は言うけれど、結局相手に従ってしまうのは不器用な仲の良さの表れのようで、彼女はそんな兄らを見ていると嬉しくなった。

ちらかった部屋を見るとルルーシュは呆れたようにこの部屋の主をにらみつける。自分で掃除するって言ったよなと言いたげな視線にスザクは視線を逸らす。離れの掃除は全てルルーシュが行っているが、スザクが自分の部屋だけは自分ですると言って聞かなかったのだ。
「まあ、今日は見逃してやる」
積み重なった漫画や雑誌をどかし場所を作ると、ルルーシュはそこにスザクを立たせ、自分は桐の箪笥を開ける。
「折角こんなに着物があるんだからもっと着ればいいのに」
楽しそうに箪笥の中を探るルルーシュは、いくつかの浴衣の中から濃緑のものを取り出してスザクの胸元に合わせた。
「これがいいかな」
「外人って着物好きだよなぁ」
「いいからほら脱げ」
今さら抵抗しても遅いのでスザクは大人しく服を脱ぐ。あまり表には出さないけれど確かに楽しそうなルルーシュにつきあうのも悪くない。祭りで浮かれるなんて、まだ子供っぽいところがあったものだ。
するすると手際よく着つけながらも、ルルーシュはスザクの筋肉が気になっていた。鍛えていない自分とは違う引き締まった肩や腕。あまり見つめているとからかわれるので平然とした風を装うけれども。
仕上げに角帯をきつく締め、手でスザクの腰を回すようにして正面を向かせる。膝立ちになって見上げるルルーシュはどこか誇らしげにほほ笑んだ。
「完璧だ」
照れ隠しなのかスザクは顔を背けながら早口でまくしたてる。
「っそれはどうも! なあ、お前も着ろよ」
「俺はいいよ、このままで。大体浴衣なんて持ってない」
「俺のを着ればいいだろ」
確か黒くて縞の入った細身のルルーシュに似合いそうな奴があったはずだ。スザクは箪笥を探ってそれを見つけると、困ったように笑うルルーシュのシャツに手をかけてボタンをはずす。

 

――この暑いのになんで一番上まで留めてるんだよ……。
ふたつ目をはずすと白い肌に明確に存在を主張するたくさんの赤い痕が目に入った。
――キスマーク……。
そういう行為は知っていたが、実際目にしたことはなかったし、まだ経験もなかった。それが幼馴染の、しかも男の胸にあるという目の前の光景にスザクは固まった。
急に動きを止めたスザクをいぶかしんだルルーシュは彼の顔を見た後、その目線の先にあるものに気が付いた。
「っいい、スザク! 俺はいいから!」
急いで襟元を引き寄せて胸元を隠したルルーシュはスザクに背を向ける。その様子は明らかに狼狽している。恥ずかしいものを見られて顔を赤くするというよりは、重大な秘密を覗かれる恐怖に青ざめている。
まずスザクが驚いたのは、彼にそんな相手がいたということだった。学校にも行っていないルルーシュはどこかで友人ができたという話を聞いたこともなかったし、ましてや恋人がいるなんて、スザクは予想すらしていなかったのだ。相手はいったいどこの誰なのか。
そして先を越されたという感情。ルルーシュとは恋愛について話したことはなかったし、ましてや学校の友人たちと同じように、性的なことなど話題にしたことがなかった。どうにも彼はそういうことに疎そうだったし、きっと好きな人について聞いたとしても「ナナリー」と返ってくることが容易に想像できた。それぐらい彼には欲というものが結びつかなくて、まだ子供だと内心見くびっていたのかも知れない。
なにより一番スザクの胸を揺るがしたのは、彼が「つけられる」側だということだった。普通は男性が女性につけるものだと思っていたが、女性が男性につけることもあるのだろうか……。きっと年上の女性にでも無理矢理迫られたんだろう。彼が積極的に女性に迫っているのはどうも想像がつかない。
「スザク、行こう。ナナリーが待ってる」
沈黙を破ったのはルルーシュの声だった。それまで詮無い思考に没頭していたスザクが振り向くと、ルルーシュは何事もなかったかのように笑っていた。スザクの目にはそれは儚げで、もう追求など出来ないという気にさせた。無理に追及して彼を困らせることはしたくなかったのだ。

響く笛や太鼓の音、露店の食べ物のわくわくする匂い。日が暮れた神社は人でにぎわっていた。楽しそうなナナリーとスザクの横を歩きながらルルーシュの気分は晴れないままだった。
――スザクに見られてしまった。
あの忌まわしい行為の跡を。驚いただろうか。いや、なにも行為そのものを見られたわけではないのだ。相手が分かるはずもない。なんとしても彼にあのことを悟らせたくない。傷つけたくは、ない。
そして痕跡をうっかり忘れていた自分にも腹が立った。
「ルルーシュ、それうまくなかったか?」
スザクに声をかけられてルルーシュは持っていたりんご飴の存在を思い出す。
「いや、ちょっとぼーっとしてただけで」
「そっか。よし、買うもん買ったし階段にでも座って食べよう」
ナナリーの膝の上にはお好み焼き、焼きそば、たこ焼きと夜店の商品がほぼ網羅されていた。
「はいお兄様、イチゴチョコクレープですよ」
目の前に差し出されたのはナナリーのお気に入りのクレープだ。日本に来て初めての夏に食べて以来、毎年祭りで食べるのが恒例になっている。最初に見た時は屋外で作ったものなんて不潔だと思ったけれど、これはこの祭りの空気ごと味わうものだとスザクに教えられてからは、これもいいかなと思い始めている。一口かじると生クリームの甘さが口いっぱいに広がった。
「ありがとう、おいしいよナナリー」
「ほら、こっちも食え」
続いて眼前に現れたのはチョコバナナ。
「……俺は雛鳥じゃないんだぞ」
「いいから、食えっ」
乱暴に口に押しこまれたおかげで多く頬張ってしまい飲み込むのに時間がかかる。その様子をスザクは楽しそうに見ている。
「うまいか?」
「ん、おいしい」
「綿菓子もあるぞ!」
スザクがもう片方の手で持っていた綿菓子を押しつけてきて口中にくっついてべとべとになる。
「っとにお前は……」
ナナリーがくすくす笑い、スザクが歯を見せて満面の笑みを見せる。二人につられて俺も声を出して笑っていた。