そんな手に所有の証をはめたくなった。僕はずっとそう思っていたのかもしれない。なぜなら彼は僕のものだから。素材は何がいいだろう。デザインは。
僕には彼のようなセンスはない。
「何をしているかと思えば、おまえが御用聞きを呼んでいるとはな。珍しい。何が欲しいんだ?」
僕は死んだことになっているから、自由に街に出て買い物にも行けやしない。適当に宝飾店を来させるようにギアスのかかった文官に頼んだら、そういう方面に疎い僕でも知っている有名な店から有能そうな店員がやってきた。
素材は、デザインは、サイズは。お相手のイメージは。石を入れた方が華やかですよ、矢継ぎ早に僕は選択を迫られる。
「ちょうどよかったC.C.。女性の方がこういうことは得意だろ? 頼むよ」
正直僕は僕の渡すもので彼の指を飾ることができるのなら、それがどんな形をしていようとも構わない。それがこの世でただ一つのものであれば。
「お前がこんなこと企てるとはなぁ。面白い。協力してやろう」
僕は彼女に大体のイメージを伝えた。シンプルで、細身で、彼の指のしなやかさが際立つもの。華美な装飾はいらない。
「分かった。後は私に任せておけ。お前たちと違って私は洗練されたセンスの持ち主だからな」
C.C.が的確に店員に指示を飛ばす中、僕は背を向けて部屋を出た。さほど待たずに出来上がったものが届いた。C.C.がにやけながら銀の盆に乗せてうやうやしく持ってきた。手に収まるほどの小さなリボンのかけられた箱。それがなぜか二つ。
目線で彼女に疑問を投げかければ、彼女はニコニコと楽しそうに魔女の笑みを浮かべている。
「まぁ反論は後だ。とりあえず開けてみろ」
机の上に並べて置かれた二つの小さい箱。まず左の方を手に取り開けてみる。銀色のシンプルなものが綺麗に収まっていた。
「そっちはお前の方だな」
「僕の?」
箱が二つある時点でおかしいなとは思ったけれど。
「それって……ペアリングってこと?」
「俗に言えばな。別に私はマリッジリングでもいいと思うぞ」
戯言はまぁいい、つけてみろと促され僕はシルバーの輪をつまみとる。
「SUZAKU KU……」
「ペアリングには必要だろう?」
そこに彫られていたのは僕の名前。存外C.C.も少女趣味だ。
「早くはめてみろ」
何故か異様に楽しそうな彼女に面食らいながら少し考える。この場合、つける場所は決まっているのだろう。世の恋人たちが揃って選ぶ、心臓に最も近いという指に通せば、関節を抜けぴったりと収まった。
「いいんじゃないか」
「……宝石?」
よく見れば中央にほんの小さく緑色の石がはめこまれている。
「翡翠だ」
黄金の瞳が至極楽しそうにきらめく。本当に少女趣味だ。「さぁ本題だ。そっちを早く開けろ」
革張りの背の高い椅子に座ったC.C.は足をぶらぶらさせながら僕を顎で使う。
そう、そもそも僕が欲しかったのはこっちなんだ。彼の手に収まる予定の所有の証。
それは僕のより鈍く光り、背筋をぞくぞくさせた。
「黒いんだね」
「そういう塗装があるんだ。元はお前のものと同じシルバーだぞ」
中央には僕のものと違って紫の宝石がちょこんと埋まっている。
「アメシスト」
「だろうと思ったよ」
内側には彼の名前。彼が自分で掴んだ名前が彫られている。
「……ありがとう、C.C.」
「どういたしまして。お幸せに、な」
「もう寝る?」
あぁ、と返事をするかしないかの間に眠りに落ちかけていたルルーシュの身体から力が抜けていった。二人でほぼ同時に絶頂を迎えるまで、僕たちのセックスは終わらない。彼は気をやると眠くなってしまうようで、後始末はいつも僕の仕事だ。(まぁ一回始めると最低三回はイくから大分疲れるのだろう)。
まだ収めたままだった性器を引き抜くと、彼は少し身じろいだが意識は依然眠りの中。彼が自分自身の腹に出した子種を拭ってやって上掛けをかける。一旦シャワーでも浴びてくれば、彼の眠りも深くなるだろう。少し冷たく設定したシャワーを浴びながら考える。どうすればルルーシュは自分が僕のものだと理解してくれるのだろうか。印象的に、骨の髄まで理解させたい。もう僕たちは後戻りなど出来なくて、残された時間も砂時計のように確実に流れていく。時間がなかった。再びベッドに戻れば、ルルーシュは寝相を変えて横向きに丸まって眠り込んでいた。髪をすいて頭を撫でても反応はなく、熟睡している。
ベッドサイドの小机の引き出しに入れておいた件の箱を取り出す。開ければ鈍色の輝きは仄かな灯りの中でも健在だ。
Lelouch Lamperougeーー彼が自分でつけた偽りの名。それを捨て真名で死ぬことを選んだルルーシュ。ランペルージとして生きた時間は彼にとって幸せだったろうか。一時の憩いになっただろうか。そうだったらいい。彼の左手を取る。僕とは違う肌の色。桃色の爪までが綺麗だ。この手がさっきまで僕の性器を擦って勃起させ、自身の乳首をつねり、後ろを拡げていたなんて。清と濁。彼の持つ二面性を象徴しているようだ。それを僕が拘束する。
起きないように優しく左手を持ち上げる。薬指に唇を落としてからそっと証をはめる。
関節をすんなり通り抜け、ぴったりとはまった。C.C.は本当にいい仕事をする。
「ん……」
ルルーシュがむずがりながら目を開けた。僕を視認すると、なんだスザクかとでも言うように表情を変えずそのまままた目を閉じてしまった。信頼されているなと感じる。嗚呼これでルルーシュは僕のものだ。だって最初から彼は僕のものだから。親の都合で異国に送られて最初に出会ったのは僕。そして友達といえるくらい親しくなったのも僕が初めて。七年間離れていたけど心のどこかに彼がいた。あの兄妹はちゃんと生きているかなぁ。幸せになれただろうか。僕と違って、日の当たる場所で笑っていたらいい。
無意識下に彼の存在を望んでいたのだろう。だからあの混沌とした状況でも、僕はすぐにルルーシュを見つけることが出来た。再会の喜びに職務も忘れて駆け出しそうだった。彼は毒ガスを使おうとしているテロリストなんかじゃない。巻き込まれただけの被害者なんだ。カプセルが開いた時、僕は自分の命を投げ出して彼の口を塞いだ。思えばあの時しか僕らの間に嘘のない時間はなかったね。
それからはお互いに自分を偽っていた。嘘をつきながらの二重学園生活。彼には友達と呼べる人がたくさんいたけれど、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの友達は僕だけだ。本当の彼を知っているのは僕だけだという優越感を持っていた。それがどうだろう。当時の僕は、俺はルルーシュの何を知っていたというのだろうか。そして逆に、どれだけ彼に秘密を持っていただろうか。
彼を捕まえた。乱暴にモノのように扱って、彼が最も憎んでいる人の前にひれ伏させた。憎んだ。彼は僕の行動を裏切りだと詰ったが、それは僕の台詞でもあった。互いに互いの大事な人を手にかけた。そんな僕たちのせいで世界はますます汚くなった。僕らにはもうこの道しかなくなっていた。
これが愛かは分からない。ただの執着と言われればそうかもしれない。身の底から衝動が突き上げてきた。「ねえルルーシュ。起きて」
彼の前髪を掴んで頭を揺らす。現れた額が無防備だ。
「起きてよ」
「……っつ!」
「僕まだ足りないんだけど。勝手に寝ないでくれる」
揺らせば痛みからか目を開けた。
「わか、分かったからやめろ……」
離せば手に彼の抜けた黒い髪がついていた。それを見て感じた。
僕はルルーシュの髪を抜くことが出来る。彼に痛みを与えることが出来る。こんなに完璧な彼を好きにして、オンナにすることだって出来るんだ。そして生殺与奪権すらも手の内にある。
掌の髪を払って彼の頬に手を添える。そのまま口づけた。最初から舌を挿入した激しいキスにした。いきなり乱暴に起こされても、彼はしばらくしたら応じてくる。こういうことが好きなのだ。ルルーシュは。
キスが終わればもうルルーシュはその気になっている。手荒に扱われたことも忘れて、目の前の男がどんなに気持ちよくしてくれるか期待している目をしている。「足、開いて」
命じてやれば、目元を赤くしながらも素直に従う哀れなルルーシュ。
「さっき出したのが出てきてるね。まだ広がったままだよ」
「そういうこと、言うのはやめてくれ……」
「だって本当でしょ? 僕は体に悪いよって言ったのに、君が中出ししてってねだるからしてあげたんだよ」
言葉にすら感じるのか、そこははくはくと呼吸の度にひくついている。
「もう、入れて、くれ……」
「何を?」
「ゆびを、いっぱい」
「いっぱいかぁ……。やっぱり君もさっきのセックスじゃ足りなかったんだね」
刺激を期待したそこは、指を入れればくちゃりと音を立てた。そのまま人差し指と中指を勢いよく挿入する。
「っああ! んんっ」
抜き刺ししてやれば、残滓がどろどろとこぼれ落ちた。僕の精液を身の中に貯めていたルルーシュ。中から僕に汚されたルルーシュ。征服感に背筋がぞくぞくした。
「ん、あっあっそこ、」
薬指を増やして都合三本入れ、いたずらに前立腺を引っかいてやればその度に身を震わせ喘ぐ。つっぱねた足がシーツに波を描き僕に触れる。それはすりすりと続きをねだるように動き、ルルーシュの紫も足りないと訴えている。
「……この後、どうしてほしいの」
両足で僕の身体を挟んで、彼は言った。
「お前の……お前が欲しい」その足を両手で広げて真上から僕を突き刺した。
「ひあぁ! ああっ」
ずぷずぷと音が立つほど激しく出し入れしてやると、ルルーシュは見も世もなく鳴いた。これは僕を惑わす悪魔だと思った。
みっともなくよだれを垂らす口を塞ぐ。唇の周りをなめてやれば、はやくと舌を絡め取られ口腔へと誘われた。口の中で濃厚に交わるキスがお気に召すらしい。頭の一部の冷静なところで考える。いま、僕たちは口でも肛門でも繋がっている。もはや僕たちは今一つのいきものとなっているのではないか?
最後は彼の好きな後ろからにしようと思った。一旦僕を引き抜くと、ルルーシュは物足りなさげな声を上げたが、僕が体勢を変えてやると納得して従った。
彼の小さな尻を両手で丸く撫でる。たったその刺激だけでルルーシュは吐息を漏らす。
「挿れるよ」
「ああ……」
今度はゆっくりと挿入してやった。あれだけ使っても未だ狭い腸内に、敏感な性器が飲み込まれていくのは恐ろしいほどの快感だった。セックスに虜になっているのは彼だけではないのだ。ずぷんと根本まで挿れれば、彼はかぼそい高い声を上げ軽くイった。
絶頂から帰ってくる前にピストンを開始する。
「あああ! めだっ、すざくっ」
いまイってるから、という制止の声も無視して好き勝手に突く。腰を掴んで最奥まで強く突く。ルルーシュはあん、あんとよがり、快楽を逃すように首を横に振る。何度目かの最奥への刺激に、彼は完全にベッドに突っ伏してしまった。その両手を上から握りこむ。左手には薄闇でも輝くものがあった。
「スザク、もう出ない、もうイけないっ」
「うそ。射精しまくった後でドライでイくのが大好きなくせに」
「言わなっ、あっだめ、もうだめ」
彼はアナルセックスを始めてさほどせずにドライオーガズムを得ることが出来るようになった。やっぱり才能が豊かな人はすごいなぁというのが僕の印象だった。射精せずに気持ちよくなっているのを見るのは、男として不思議であるも、彼をオンナのようにイかせているという実感に興奮した。それからは何度も後ろでイかせ、深い快楽を味わわせてやった。次第に彼もそれを望むようになった。あらがえない程の悦楽なのだろう。
「後ろでイく! 後ろでイっちゃう」
「くっーー。どうぞ」
「っアあーー!!」
遂にルルーシュは吐精せずに絶頂を迎え、全身をびくつかせる。その刺激に包まれていた僕もまた限界で、彼の尻にかけるように射精した。それでも彼は全身をぴくぴくと痙攣させている。
薄目を開けて、口も閉じきらないルルーシュを仰向けにしてやると、全身から力が抜けていった。まだ帰ってきていないようだ。
「ーーあ、あ、あ……」
「大丈夫?」
いつもならこのまま眠ってしまうのに、今日はがんばって意識を保ち続けてる。
「…………なぁ、これ、は?」
息も絶え絶えに、行為中ずっと思っていたのだろう一言を紡ぎ出す。
「……僕がつけた」
彼は天を仰ぎそうかと呟く。
「お前が、くれたのか……」
ルルーシュは本当に幸せそうに、馬鹿みたいに素直に笑って眠りについた。
翌朝いつもの時間に起きてベッド際で着替えをしていると、物音に反応したのか彼が身動きし始めた。寝ぼけ眼で僕の方をちらりと見ると、シーツを被り山になって動かなくなった。
「ルルーシュ?」
「うるさい黙れレイプ犯」
「昨夜は乱暴だったね、ごめんってば」
ふん、と鼻を鳴らしてみせるけれどルルーシュは僕が謝ればそれ以上追求してこない。つまりは僕に甘いのだ。
「……お前の分もあるんだろう」
「え、なにが」
「これだ!」
白い山から左手だけがにょきっと伸びてきた。そこには昨日の所有の証。
「う、ん」
「持って来い」
小箱を持ってベッドへと上がる。するとすぐさまシーツの山の中に引き込まれた。ルルーシュの表情は憮然としていたが、どこか笑顔がこぼれそうなのを我慢している風だった。
「貸せ」
言うが早いが僕の手からそれを奪うと、中身をつまみ上げて検分し始める。
「……カラーリング以外は同じか」
「うん」
「お前にしてはいいセンスだ」
まぁC.C.が注文したんだけど。
彼の左手が乱暴に僕の左手を取る。右手で持った輝くそれを、僕の爪先まで持ってくると、逡巡したように止まった。
「枢木スザク。汝、ここに騎士の誓約を立て、ブリタニアの騎士として戦うことを願うか」
ーーそれは僕と彼女の誓いだった。以前だったらルルーシュがこんなことを言い出したら僕は彼の首を締めていたに違いない。でも、今は。
「イエス・ユア・マジェスティ」
「汝、我欲を捨て大いなる正義の前に剣となり盾となることを望むか」
「イエス・ユア・マジェスティ」
彼に、彼の覚悟に忠誠を誓う。しかし、
「俺はおまえにこんな誓いを立てさせたくないし、こんなものもつけさせたくない」
僕のあつらえた輝きは彼の手の中で握りつぶされた。
「……どうして?」
むしろ僕はそう望むのに。
「俺は勝手に消えていく。お前に全てを押しつけて。そんなお前を俺に縛りつけるような真似はしたくないんだ」
「なんで? 僕が望んでいることなのに」
「そんなもの……一時の感傷に過ぎない」
「違う、違うよルルーシュ」
「スザク、俺は指輪というものは首輪と同義だと思う」
人間に付けられた輪は、自分のモノだという対外的な所有権の誇示だと彼は言う。
「でも、お前がこれをくれたことを堪らなく嬉しく思う自分もいるんだ」
ハッとして彼の顔を見ると邪気の抜け落ちた笑みを浮かべていた。
「ルルーシュ……!」
彼から手が伸ばされて、どちらからともなく抱きしめあい二人して笑いあった。あったかい彼の温度。まだ、生きている。
首に回された彼の手を解いた。
「ねぇつけてよ」
彼はその冷たい手で僕の左手を支えた。石の位置が真ん中にくるように回してから、少し震える指で薬指に銀色の輪を通してくれた。
「ありがとう。……僕ももう一回やりたい」
「そうだな。意識のない時ではもったいない」
ルルーシュの左手から指輪を外す。二人ともそれに視線を落としながら、僕は記憶の中からそういうときの誓いを思い出していた。
「ーー汝、病める時も健やかなる時も……死が二人を分かつまで、僕を愛し続けることを誓いますか」
「ーーはい、誓います」
ゆっくりと再びそれをあるべき位置に戻す。白いシーツを頭から被り、指輪に涙ぐむルルーシュは清廉な花嫁のようだった。
「なぁスザク、願いとはギアスに似ていないか」
その言葉を残して彼は逝った。僕の指にはもうこの輪しか残っていない。僕らの願い。
白く横たわる彼の手を握った。冷たくぐにゃりとしていた。どうせこれはもう燃えてしまうのだから。こんなところにあっても土の中に埋まってしまうだけなのだから。
白く横たわる彼の手を握った。薬指から証を抜く。いつの間にか痩せてしまった指から、それはすんなりと抜けた。これではふとした拍子に抜けてしまっていただろう。そんなものを終生身につけていた君。なんて馬鹿なのだろう。
同じく馬鹿な僕は二つの願いを握っていくことにした。これで僕たちはもう離れることはない。君が僕を裏切ることもない。
生きている僕の掌は太陽に透かしてみれば真っ赤に流れる血潮が見える。二つ重なった輪も見える。
半人前の僕たちは二人で一つだったのだ。やっと僕は一人の人間としてこの世に生まれたんだ。
薬指にふたつの輪。揃えば瞳の翼を宿す小さな輪。
僕はこれからを、生きていかざるを得ない。