後悔は贖罪たりうるだろうか4-1

ほろ苦な方のラスト。スザユフィ注意。

 

妹と二人移り住んできた地域で、彼らはちょっとした有名人だった。
ブリタニア人など滅多にいない土地柄もあったが、何よりこんな僻地で暮らす訳ありのブリタニア人兄妹の仲睦まじい様子に周囲の住民は感心していた。一部の人間を除いては――。

 

アッシュフォードを中途退学という形になってしまったルルーシュは、学歴の必要でない職を探すしかなかった。もともと確たる身分証明が出来ない身の上だ、職は選んでいられない。 妹と平和に暮らすため彼は懸命に働いた。時給が良いからと夜の街で水商売のようなこともしてみたが、彼の気性に合うはずもなく様々な問題を起こしていた。
だが、彼には最強の武器があった。
腰に触れてくる武骨な男の手をはたき落としたり、接待チェスのはずが相手が気に入らないからと容赦なく叩き潰したりなどの目に余る行動も、店の主は彼の得がたい容姿に目がくらみルルーシュを手放すことはなかった。その裏で彼が何をしていたかは知らずに。

平たく言えば、ルルーシュはいけすかない客にギアスを使いまくった。
気にいらない客には「二度と来るな」、金づるになりそうな客にはあれを買えこれを買えとギアスをかけた。ギアスをかけずとも高い酒を入れてくれる上客は、見返りにボディタッチを迫ってくるものなので、それにも「俺に触れるな」とギアスで解決。
そしてある日、ついに定められた未来はやってくる。

その日の営業終了後、店の裏手でルルーシュはオーナーに呼び出されていた。
「ねぇルルーシュ君、君が来てくれてから店の売り上げは倍増だ! 本当に助かっているよ」
「はぁ、どうもありがとうございます」
「でも君……この仕事が好きなわけではないだろう?」
「いえ……」
好きなわけあるかとルルーシュは大声で叫んでやりたかったが、仮にも相手は雇い主、使いようによっては最も重要な駒になるだろうと思い、まだこの男にはギアスを使ってはいない。

「そこで……どうだろう、私と新しい契約を結ばないか?」
「……どういうことでしょう。僕は現状で満足していますが」
「大勢の人間を相手にするのは疲れるだろう……。これからは私一人にサービスしてくれればいい」
「なにを言って」
しごく面倒くさそうにオーナーの話を聞いていたルルーシュは、いきなり腕を掴まれ引き寄せられた。
「っ、やめろ! 一体何のつもりだ」
「フフ、私にそんな口をきいていいのかな」
――くそっ。内心で罵詈雑言を吐きながらルルーシュは、ついにこいつにもギアスを使う時が来たかと覚悟する。いつもの要領で悪魔の瞳に力を込めて、呪詛の念を眼差しに乗せる。
「お前など人知れず死……ッ!」
突如彼の左目を襲ったのは気が遠くなるほどの鋭い痛みだった。

自分で立っていられなくなるほどの痛みに、思わずバランスを崩してしまう。眩暈がひどい。痛みにうめくルルーシュを支える店主の腕は、腰を妖しくさする。
「うぅ……、いや、やめろっ」
「どうしたね? 気分が悪いのならうちで休んでいくといい。ルルーシュ君のために新しいベッドを用意し」
男の言葉は途中で遮られ、その肥えた体はどっと音をたてて地面に倒れ込んだ。

ルルーシュがかろうじて右目を開けて見えたのは、倒れた男の向こうに広がる綺麗な黄緑の髪だった。
「C.C.……」
「やはりな。異変を感じて来てみれば……。全く頭でっかちな童貞坊やの辞書には危機感というものはないらしい」
C.C.の手にはなにやらリモコンのようなものが握られている。ルルーシュがそれに目をやると、C.C.はそれを軽く掲げた。
「これか、お前にやろう」
片目を抑えた状態で無造作に投げられたそれをキャッチするのはルルーシュには難しいことだったが、何とか受け取るとそれはスタンガンだった。
「……礼を言うべきなのか? それよりもC.C.……これはどういうことだ!」
「それは後だ。その変態がいつ起きるか分からん、早く行くぞ」

 

夜の街を歩いて、二人は人気のない公園に辿りついた。家に帰ってすることが出来る話ではないだろうという判断からだ。ナナリーには余計な心配をかけたくないというルルーシュのはからいだった。
「C.C.……説明してくれないか」
「それはギアスの暴走だ。……思ったより限界が来るのが早かったな。その力に頼らざるを得ない状況だったという訳か」
余計な詮索はするなとルルーシュの視線が文句をつけるが、彼女は構わず言葉を続ける。
「もうお前はギアスを制御できなくなった」
「なん、だと……」
「左目に常時力が入りっぱなしだということだ。言動に気をつけろ。面倒を起こしたくなければあまり人前には出るな」
そしてルルーシュはある男を思い出した。――マオ――、自分もあの男のように力を抑えきれずに、人としてただ生きるのにも不便な生活をせねばならないのかと思い至る。
「C.C.、お前はこうなることを知ってて俺にギアスを与えたのか!」
「ああ……ギアス能力者は遅かれ早かれ皆そうなる。それは摂理だ。個人の力でどうこう出来る領域ではない」
「……」
「しかし良かったじゃないか。暴走が始まったのが今で。……お前はどうせ学園には居られなくなったんだ」
「そうだな……」
魔女が発する言葉はどれも真理だった。

◆◆◆◆◆

それからルルーシュは、ほとんどを妹と家の中で過ごすようになった。

アッシュフォードの庇護下から離れ二人の兄妹が辿り着いたのは、ゲットーの寂れた集合住宅だった。ブリタニアの目が届かないゲットーのかたすみ。兄妹で暮らしていくだけの最低限のスペースしかない部屋だが、二人は和やかに過ごしてきた。
アッシュフォードでアーサーを可愛がっていたナナリーの為に、せめてもの癒しになればとルルーシュは猫を拾ってきた。その白猫はエレインと名付けられ、今も彼女の膝の上で丸まっている。
ナナリーにとって彼女のその閉ざされた瞳は、遂に変わり果てた兄の瞳を見なくて済んだだけ良かったのかもしれない。
ナナリーの目が見えないことを少しでも良かったと思ってしまったことに、ルルーシュは自己嫌悪した。しかしこれは運命づけられていたことかもしれないとも思った。それほど暴走したギアスに、ナナリーの目は好都合だった。

「ほら見てくださいお兄様。特区のニュースですよ。スザクさんと、ユフィ姉様がお話されてますね」
ナナリーの声にルルーシュがテレビに目を向けると、そこにはユーフェミアとスザクが定例会見に臨んでいる模様が映されていた。
「ああ、そうだね。二人ともなんだか大人になった感じだよ。ユフィは落ち着いてお淑やかになったみたいだ」
「まぁ、もうユフィ姉様は立派なレディですよ」
ナナリーがころころと楽しそうに笑う。
この子には妬みや嫉みなどといった負の感情はないのだろうかとルルーシュは考える。

いま二人がテレビで見ているのは、行政特区日本の定例会見の中継だ。
ルルーシュがナナリーを後ろから抱きしめるようにして、ナナリーは猫を膝に抱き上げて座っている。画面にはよく知った顔が二つ、映っていた。

「今度のご成婚パレード、ユフィ姉様はいったいどんなお衣装なのでしょう。楽しみですね、お兄様」
「ああ、そうだねナナリー。しかしスザクとユフィが結婚とは……」
皇籍を返上したユーフェミアに、凡俗との結婚への障害など無いに等しかった。姉コーネリアから多少の反対はあったようだが、もとより言い出したら聞かぬユーフェミアのこと、婚礼の日取りはあれよあれよと言う間に決まり、現在公的な会見に臨んでいる。
目には見えぬものの、聞き慣れた二人の幸せそうな声をうっとりと聞いていたナナリーが、ふいに真剣な表情で後ろのルルーシュに振り向く。
「ねえ、お兄様」
「なんだい? ナナリー」
先ほどとは打って変わってトーンの落ちたナナリーの声にルルーシュは少し心配になりつつも、優しい声音で返事をする。

「お兄様とスザクさんは……恋人だったのではないのですか」

ナナリーは心配そうに眉を下げて兄にそう問いかけた。
彼女は学園にいた時から気づいていたのだ。兄とその親友の、昔とは変わってしまった関係に。

ナナリーが知っていたとは全く気付かなかったルルーシュはひどく慌てた。
――この清廉な妹に、道を踏み外していたあの時の自分たちの関係を肯定してよいものか――。
ルルーシュは、いまだにあの時のスザクとの関係を恋愛だと思うことが出来ないでいた。愛も恋も知らない無知な自分が、与えられる暖かい情が欲しくてスザクに縋っていただけなのだと。
喉奥から振り絞って出した声は掠れていた。
「……恋人とは、違うんだ」

口に出してみて、その言葉の清らかさにルルーシュは思わず乾いた笑いをもらしてしまった。ナナリーは彼の両足の間に収まりながらも、心配そうに、しかし怒られるのを恐れる子どものような恐れを含んだ表情で、閉じた目ながらも兄を見やる。

「違うんだ、ナナリー。俺とあいつはそんなんじゃなくて……、お前が知っているとは思わなかった……ごめんな……」
ルルーシュはナナリーを抱きしめる腕を強めた。なにかに縋らないとあの時のことは思い出すのも、ましてや言葉にして表すことなど出来なかった。

「あれは間違いだったんだ。恋人同士とかでは決して無い……。俺があいつに全てを求めてしまったんだ」
「全て……?」
「俺は……友達ならスザクの他に生徒会のみんなもいたけれど、スザクだけは別格だと思っていたんだ」
ぽつぽつと過去を語るルルーシュの声をナナリーは内心驚きながら聞いていた。兄が本心や、自分の弱いところをさらけ出すことは、今までまず無かったのだ。
「そうですね、スザクさんは私たちのこと昔のことを知ってくれていましたもの」
「うん、もちろんリヴァルやシャーリー、ミレイにカレンも大事な人たちだったけれど、俺はスザク一人に全てを求めてしまった。……友情と愛情の差すら、分からなかったんだ……」

「……でもスザクさんはお兄様の想いに応えてくださったのでしょう?」
「それはきっと……あいつも情が欲しかったんだろう。7年前に離れ離れになってから、スザクは軍で厳しい生活をしてきたのだから……」
――それは違う。ナナリーはそう言いたかったけれど、うまく兄に説明できる気がせず口をつぐんだ。でもそれは違うと思うのだ。
あの午後の光あふれるテラスで三人笑いあったのは、あそこに確かにあったものは、それは愛情だと、言うことは出来なかった。

これからも二人はこの狭い部屋で二人っきりで暮らしていく。
しかし二人ともそれを不幸だとは決して思わない。