後悔は贖罪たりうるだろうか3

 

「行政特区日本に参加するだって?」
ゼロの唐突な発表に騎士団幹部はざわめく。
学園祭でのユーフェミアの唐突な宣言からすぐ、黒の騎士団では緊急に会議が行われていた。

「それは無条件降伏という意味か」
周囲が動揺を隠しきれないでいる中、藤堂は狼狽したそぶりも見せず眼を閉じたままゼロへと問いかける。
「それは違う。こうなった以上、黒の騎士団として従前通りの活動が出来る見込みはなくなった。ユーフェミアに背けば”日本”の敵に、特区に参加すれば武力を取り上げられる。ではどうするべきか! 私は第三の策を提案する」
颯爽と立ち上がり、マントの裾を払ってゼロは揚々と宣言する。

「我ら騎士団を特区へ参加する者、このままエリア11に留まる者との二つに分ける。特区へと赴く者はできる限り内情を探り、日本人とブリタニア人の平等が崩されたとなったら特区外の私に即座に知らせよ。もちろん黒の騎士団のことなど忘れて一般人として暮らすも、それは各自の自由だ。
そしてこのままこちらに留まることを欲する者は、出来る限り武力を温存し、万が一の事態に備えいつでも特区内の日本人を救う用意をしておく」
ゼロから特区への対応の概要が説明されると、団員は皆何か言いたそうな表情で沈黙した。

ルルーシュとて、この計画がうまくいくとは思っていない。
彼らには悪いが、妹との生活が第一であるとのルルーシュの信条は、ひとつのエリアを揺るがす巨大組織を率いる今になっても変わらない。
――活路を見出すための反逆だった。しかしいつも思わぬ所で、思わぬ場所から邪魔が入る。

学園祭で高らかに宣言するユーフェミアの声を聞いていた時、ルルーシュはあの暗い土蔵を思い出していた。暗くて、惨めで、寒い。ナナリーの手のぬくもりだけが荒れる心を癒してくれた。
こちらは影で、あちらは光り輝いている。

「与えられた日本で満足しろって言うのかよ!」
皆の思いを代表するかのように玉城が叫んだ。当然反発はあるだろうと予想していたので、対するゼロの返答はあくまで冷静だ。
「では我々は日本の逆賊となるというのか。我ら黒の騎士団がここまでの規模となったのは、我々が正義を行うという日本人からの期待があったからだ。それが無くなれば、私たちはただのテロリストに戻るしか道はない」

今まで一言も発さずにいた扇が、他のものとは少し違って、なにか活路を見出したかのような様子で声を上げる。
「なぁみんな! 本当は……ユーフェミアと俺たちが目指すものはそんなに変わらないんじゃないかな。特区の中だけだが、日本人という名前を取り戻せるんだ! 血を流さずに平和が得られるのなら、たとえそれが与えられるものであっても、俺はそちらを選びたい!」

「お人好しは黙ってなよ、騙されてからじゃ遅いんだ。せっかくここまでやってきたんだ、今ブリタニアを倒さなくていつやるんだよ」
あくまで抗戦を訴えるのは朝比奈だ。藤堂をはじめ四聖剣はこのままこちらに残るだろうな、とルルーシュは予想する。扇はこの調子なら必ず特区に参加するだろう。玉城は……喚くだけ喚いて結局は安全を求めて特区か。
――カレンはどうするだろうか。
正直なところ、カレンには母親と特区で穏やかに暮らして欲しいと、ルルーシュは思う。

「特区へ参加する者は申告しろ。その意思を尊重する。以上だ」
ゼロがマントを翻し立ち去ろうとすると、カレンが食ってかかる勢いで叫んだ。
「ゼロッ! ではあなたは、あなたはどうするのですか!」
ゼロは振り返り一の部下をまっすぐに見つめる。
「そうだよ!  ブリタニア人のお前には痛くも痒くもねぇ話だろ! 俺たちが特区に行っちまったら、てめぇだけトンズラする気で」
「ちょっと黙ってて!」
ゼロに掴みかかろうとする玉城を片手で制して、カレンはその蒼い瞳を仮面の男に突きつける。

「私は特区には参加しない。しかし式典には出席し、皇女殿下に黒の騎士団の参加の意を伝えよう。特区に入りたいと思うものの邪魔立ては一切しない」
これ以上の質問を退けるように、ゼロは大声で宣告する。
「タイムリミットは明日。それまでに各自結論を出して欲しい」

◆◆◆◆◆

新しい”ニッポン”の門出の日、ゼロは式典会場へと現れた。彼が壇上に上がるとユーフェミアは喜色満面といった様子で、ゼロに抱きつかんばかりに駆け寄り、彼と硬い握手を交わした。そんな朗らかな彼女とは違い、ゼロは彼女の後ろに控える騎士からの戸惑い混じりのわずかな敵意を感じていた。

――理想を同じくする主君が、何故ゼロなどというテロリストをこうも歓待するのか解せない、といったところだろうか。
スザクは腰にさげるサーベルの柄から片時も手を離さなかった。
結局最後までスザクにはゼロという存在を認めてはもらえなかったな、とルルーシュは仮面の中で嘆息した。
用意されていた席にゼロが収まると、ユーフェミアの号令で行政特区日本成立式典は華々しく始まった。

「ゼロ! わたくしの申し出に応じてくださってありがとう。ぜひ二人きりでお話したいのですが、どうでしょう?」
式典はつつがなく幕を閉じ、会場は日本人のユーフェミアへの感謝の温かい拍手で包まれた。壇上から下がるとユーフェミアはゼロに声をかける。ルルーシュの予想していた通りだ。
「ええ、ユーフェミア皇女殿下。私もそう思っていたところです」
ざわめく周囲の護衛を制して、ユーフェミアはしごく嬉しそうにゼロを個室へと導く。
「よいのです、この方はもう反逆者ではありません! わたくしの同士となって下さったのです、心配は無用です」
最後の一言は特に彼女の騎士に向けて発せられた。騎士は彼女の有無を言わせぬ強いまなざしに言いくるめられ、ゼロを見つめたまま大人しく引き下がる。
しかし異母兄妹きょうだいの二人っきりの面会は、ダールトンの一言で遮られた。
「なりませんユーフェミア様。コーネリア総督から通信が入っております。優先順位はこちらの方が高いかと」
「そうですか……。分かりました。ゼロ、少しお待ちくださいね」
ユーフェミアはダールトンとともに別室へと向かった。残されたのは因縁の二人。
ルルーシュはスザクの焼け付くような視線を感じた。

「一体どういうつもりだ、ゼロ」
やはり動揺しているのだろう、言葉尻が震えている。相変わらず心の内面が外に出やすい奴だとルルーシュは仮面の中で微笑する。
「どうしたも何も、黒の騎士団は正義の味方だ。ブリタニア側がこれまでの行いを改め、ニッポンを復活させるとあらばそれに異を唱えようはずもない」
「……その言葉、本当に本心か」
スザクの質問は一世一代の告白のように真剣だ。ゼロとスザク、浅からぬ縁で幾度も対立してきた二人。スザクにとっても、ゼロは見逃すことのできない彼にとっての悪、敵だった。
それがいきなりの方向転換に驚きを隠せないのも道理だろう。
そこまでの狼狽を見せるスザクに、ルルーシュはずっと心の底に淀んでいた疑惑を口に出してしまった。

「――枢木スザク。……君は私が、ゼロの存在がどうあっても許せないか」
問われたスザクは一瞬きょとんとしたが、真剣な顔を崩さずに心の内を明かす。
「ああ……。いや、違うな。そうだった、だ。君が特区に参加してユーフェミア様とうまくやっていってくれるのなら……僕たちは仲間だろ」
スザクは晴れやかな笑顔でかつての敵へと白手袋を脱いだ右手を差し出す。
「どうだろう、ゼロ。今までのことは水に流して、君と良い関係を築けたらと僕も思ってるんだけど……」

結局、結局スザクと仲間になるには、自分を曲げるしか方法は無かったのだと、この瞬間ルルーシュは思い知った。
どれだけ望んでも得られなかった。それをまるごと彼女はもっていってしまった。
ルルーシュが諦めとともに、せめて最後にと伸ばした手は騎士の指先に触れるあと少しの所で、いきなり響いた女の声に阻まれた。
「ゼロ、時間だ」
現れたのは報道関係者らしき服装の女だった。豊かな黄緑の髪を帽子に隠して変装したC.C.だ。約束の時間がもう来たかとルルーシュはハッとする。
「君は……あの時の……」
スザクは状況が飲み込めないのか目を丸くして彼女を見た後、眼差しに力を入れてゼロを見据えた。
「ゼロ! お前はまた何かしようとしているのか! さっきのもまた僕を騙すための嘘だったのか!」
激昂するスザクを尻目にC.C.はゼロに近寄りその耳にささやく。
「感傷に浸るのはもういいな」
「……ああ。それよりそっちは大丈夫だろうな」
「ふん。魔女を甘く見るな」

「ちょっと待て! ゼロ、お前はまた裏切るのか!」
スザクには一瞥もくれずに出口へと向かうゼロへスザクは唾を飛ばすほどに怒鳴る。
今にもゼロに掴みかからんばかりのスザクからゼロを遮るように、C.C.がスザクの目の前に立ちふさがる。彼女はその白い手をすっと伸ばしてスザクに触れる。その途端、スザクは悶え苦しみ出す。
「やめろ! ゼロ、待てっ! うわ、うあああ!」

◆◆◆◆◆

「ゼロは! ゼロはどこだ!」
ユーフェミアが姉との通信を終えて戻ってくると、場内は騒然としていた。ゼロの姿が先ほどからどこにも見えず、彼と対峙していたはずのスザクが倒れていたという。
「大丈夫ですかスザク! 一体何があったのです」
床に倒れたままでいたスザクに駆け寄り、ユーフェミアは彼の手を握り声をかけた。
「……ユフィ……」
「スザク、平気ですか?」
「僕は……」
スザクの記憶は逃げ行くゼロの後ろ姿と、謎の女に触れられた途端に自分に流れ込んできた毒のような濁流――。それは一番思い出したくない、父をこの手で殺めた時の記憶だった。その光景を見たっきり意識を失ってしまったらしい。
「ユーフェミア様……。それが自分にも分からないのですが、謎の女と共にゼロが……逃げました」
「ゼロが、逃げた……」

二人して無言のまま困惑するユーフェミアとスザクのもとにダールトンがやってきて、現状把握できている事の次第を報告した。
「ゼロは姿を消しました。これが廊下の片隅に置いてあったそうです。いま奴らの追跡に部隊を出動させております」
ダールトンが二人の前に差し出したのは、ゼロの仮面だった。ゼロという英雄の脱け殻だった。
「ゼロ……」
茫然とつぶやくユーフェミアへ、ダールトンは皮肉の色を込めた声で笑いながら話しかける。
「彼奴め、もう存在意義がなくなったのでしょうな。文字通りゼロは無に帰った。お手柄ですよ、ユーフェミア様。これでエリア11のテロ組織は根絶やしにされたも同然だ」
嬉しげに語るダールトンとは裏腹に、ユーフェミアの顔は青ざめ絶望に打ちひしがれているようだった。
(どうしてなの、ルルーシュ……。私たちうまくやっていけるはずだったのに)

スザクにショックイメージを見せ気絶させ、ルルーシュはゼロの衣装と仮面を脱ぎ捨てブリタニア軍の制服に身をやつし、C.C.と共にひそかに式典会場を抜け出した。
ゼロが再び現れることはないというメッセージを、残していった仮面に託して。
「ナナリーは無事か!?」
なんとか式典会場を抜け出し、C.C.が用意してきた車に乗り込むなりルルーシュは彼女に尋ねる。
彼が仔細まで作り込んだ計画では、ナナリーはC.C.の手で、これからの生活の場となる所へと連れて行かれているはずである。
「ああ。万事作戦通りだ」
C.C.は運転席におさまりエンジンをかけると、車は猛スピードで会場から去っていった。

◆◆◆◆◆

ゼロを辞め、ただのルルーシュであの二人のそばにいることなど、もうルルーシュには出来なかった。ナナリーをあの温かい人たちから離してしまうことは心苦しいが、ルルーシュはアッシュフォードから出ることを特区の構想が発表された段階から決めていた。

C.C.の運転する車がついた先は、ゲットーの外れだった。ブリタニア軍の目が行き届いておらず、なおかつブリタニア人だからと言ってイレブンから差別されないような、ある程度平和な地域を探すのは骨が折れた。黒の騎士団の情報網が無ければ見つけられなかっただろう。
車のドアをバタンと閉めると、C.C.は彼らの新居を目にしつつ、皮肉っぽい笑みを浮かべながらルルーシュへ言葉を投げかけた。
「今まであのような贅沢な暮しをしておいて、これから耐えていけるのか疑問だな」
馬鹿にしたような声音はこの女の癖なのかとルルーシュはいらつきながらも、自分にも言い聞かせるように答える。
「俺たちがこの国で最初に生活したのは土蔵だぞ。それに比べればどれだけマシか」
「そうか……それもそうだな」
ふっと嘲りでない優しげな笑みを漏らすと、C.C.はその長い髪をたなびかせ再び運転席におさまる。
「お前が決めたのならその道を行け。また会うこともあるだろう」
車は一度も止まることなく、あっという間に彼女は去っていった。
契約の不履行ともいえるルルーシュのこれからの選択に、C.C.は文句ひとつ言わず協力してくれた。その後ろ姿にルルーシュは声をかける。
「ああ、また」
――ピザでも用意して待っているよ。

◆◆◆◆◆

新しい住みかへとルルーシュが足を踏み入れると、ナナリーの存在はすぐに確認出来た。
「お兄様!」
「ナナリー!」
ルルーシュはナナリーの無事な姿を目にすると、一目散に彼女に走り寄り抱きつかんばかりの勢いを抑え、優しく手を握り話しかける。
「大丈夫だったか?」
「ええ、C.C.さんがよくして下さいまして、道中何もなくここまで来ることが出来ました」
「そうか……」
見ればそばのテーブルの上には空になったティーカップが置いてある。C.C.が用意してからここを出たのだろうか。あの魔女も気が利くじゃないかとルルーシュから笑みがこぼれる。

「ねぇお兄様。お兄様はナナリーに話すことがいっぱいあるでしょう」
いきなりアッシュフォードを出ることになった訳、今まで忙しくしてほとんど家を空けていた訳、――ゼロが現れ、そして消えた訳――。
ルルーシュはナナリーに話さなければならないこと、今やっと話せるようになったことがいっぱいあった。
「そうだね、俺がナナリーに……嘘をついていた間……、長い話になりそうだ。全部聞いてくれるかい」
ナナリーはルルーシュの手を両手で固く握りしめ、涙の溢れる閉じた瞼に触れさせる。
「はい、はい! ……お兄様が帰ってきてくれて、本当に良かった……」
「今まで本当に済まなかった。ナナリー、これからは絶対にお前を一人にはしないから」
ルルーシュは車椅子の背ごとナナリーをひっしと抱き締めた。

 

 

次でラストです。ラストは2つあるのでお好みで……