後悔は贖罪たりうるだろうか4-2

苦い方のラスト。死ネタ注意。

 

チャイムを押す指が震える。
スザクは長い間探していた大事な人をやっと見つけることができた。ここに、ここにふたりがいる。

 

5年前のある日、二人は忽然とその姿を消した。行政特区がいよいよ始まるその日だった。式典に出席していたスザクは、彼らがいなくなったことを学園の皆より少し遅れて知ることになった。ミレイも、咲世子も、スザクがどんなに必死に訊いても彼らの消息について、決して口を割らなかった。

一方、行政特区日本は成功した。あの日の式典にゼロは現れ、そして敗者は文字通り無となって姿を消した。対してユーフェミアは聖女となった、民族の融和の象徴として。皇位継承権を失ってもなお、スザクと二人、日本人の心の拠り所となっている。もうかつての英雄、ゼロの名など忘れ去られたようだった。
しかしユーフェミアにとって、そしてスザクにとってもこの現状は思い描いていたものとは違った。
――君がいない。

租界中を探して歩いた。彼らの出自から、軍の協力が得られないことでずいぶん長い時間がかかってしまった。
青年と車いすの少女の兄妹。制服を着て幸せそうに笑っている写真を見せて歩いた。
それはリヴァルが新しいカメラを買ったと嬉しそうにいつもの生徒会室の風景にシャッターを切っていた時に、試しにスザクが撮ったものだ。「その写真が一番ルルが自然な顔してるんだよ、スザク君が撮ったからかな」。綺麗な革張りのアルバムに収められたそれを抜き取るとシャーリーはそう言って涙ぐんだ。
数少ない目撃証言を頼りに捜索範囲を広げた。スザクの足はいつしかゲットーに向かう。
やっと見つけた彼らの居場所は、トウキョウ租界を遠く離れた小さなゲットーの片隅にあった。

チャイムを押して響いた電子音は耳慣れたはずのものだったが、その明るい音が今は遠慮のない不快なものに感じられた。
家の主が在宅だという保証はなかった。しかし目の前でかたく閉められたドアからは、カギが回されチェーンを外す音がする。そして薄く開いた隙間から見えたのは懐かしい姿だった。

 

「ルルーシュ……!よかった……生きててくれた……!」
「スザク……、とうとう見つかってしまったな」
どれだけ月日が経っても間違えない。そこにいたのは間違いなくルルーシュだった。
少し背が伸びて、でもその分体重は増えなかったのか体全体が華奢になった。でもスザクに向けられる笑みはあの頃と変わらない。
「お前、こんな所で泣くんじゃない。とりあえず入れよ。狭い所だが」
ドアを開いてスザクを迎え入れようとするルルーシュを、スザクは思わず抱きしめていた。
「ルルーシュ!」
「っちょっと、やめろ、スザク……いたいぞ」

スザクが通されたのはたった6畳ほどの小さな部屋だった。見渡してみると、もう一つ寝室らしき部屋があるらしい。
「まぁ座れよ。狭いがな」
「うん……」
手際良く紅茶を入れてきたルルーシュと、低いテーブルをはさんで差し向かいに座る。
あの日から消息を絶ってしまったルルーシュが、こうも歓待してくれるとは思っていなかったスザクは、ここぞとばかりに事の真相を知ろうとする。
「何故……何故あの日君は出て行ってしまったんだ?」
「お前はそれを俺の口から聞かないと分からないのか」
ルルーシュの言葉は、彼の鋭い目線とあいまってスザクの胸に刺さった。
「……そう、そうだね。うん、もう聞かない」

◆◆◆◆◆

「なんか……雰囲気が変わったね、ルルーシュ」
離れていた数年の間に、ルルーシュは艶を増したようにスザクの目には映った。高校生だった頃より少し伸びた髪が襟足を扇情的に隠す。
そんなことを考えていると自然に手が伸びていた。右手で頬に触れる。相変わらず細いなと思う内に、無意識に顔を引き寄せていた。
夢遊病のようにふらふらと動いていたスザクの目を覚ましたのは、ルルーシュの必死の平手打ちだった。
「何をする!」
「いった、何って……僕たちはそういう関係だったじゃないか……」
ルルーシュはスザクを叩いた反動でじんじん痛む手の平をさすりながらぽつりと呟いた。
「選んだのはお前だろ」
「ルルーシュ……」
スザクは言葉に詰まった。言葉に詰まってすることが無く辺りを見回した。
スザクの目に留まったのは壁にかかったカレンダーだった。そこに書かれた四ケタの数字は二年前のものだった。
一枚めくり忘れるどころか年単位で間違ったカレンダーをそのままにしておくなんてルルーシュらしくないなとスザクは感じた。なにか背筋を冷たいものが通るような、嫌な感じがした。 きっと、ルルーシュはこの花の写真が気に入っていてポスター感覚でそのままにしているのだろう、そういうことにした。

 

「もう4時か。今日はナナリーが病院から帰ってくるんだ。迎えに行かないと」
唐突にルルーシュは立ち上がり、玄関の方へと歩いて行く。
「ナナリー……大丈夫なの。こっちに来ればちゃんとした医療だって」
「――うるさいっ!」
振り向いたルルーシュのいきなりの表情の変化にスザクは驚いた。今まで普通に話していた彼の声がいきなり低くなり、またもスザクに氷のように刺さる。

「うるさい、うるさい! もう遅いんだよ! ……ナナリー、ナナリーはっ、ちがう今日だ、今日帰ってくるんだ、手術は成功して、歩けるようになって、目だって」
ルルーシュはガタガタ震えながら空を見て話し続ける。その目には明らかに怯えが見て取れた。スザクは思わず両手でその前にも増して細くなってしまった肩を掴む。
「ルルーシュ!」
焦点を結ばない目でなおも彼は「ナナリー、ナナリー」と呟く。手加減して揺さぶってみるが反応は得られない。
突如その体から力が抜けた。床に倒れこむ前に支えることができたがあまりの軽さにスザクは驚く。
「おい、しっかりしろ! ルルーシュ!」
頬をほんの少しの力で確かめるように叩いても、ルルーシュは気を失ったままだ。

スザクはルルーシュの力のない体を抱きかかえ家中を確かめる。安静に寝かせる為にベッドを探す。先程談笑していた居間の隣りの部屋に、ベッドが一つあるのみだった。
クリーム色で小花柄の可愛らしい布団のベッドにルルーシュを寝かせる。きっとナナリーのベッドなのだろう。
ルルーシュは青白い顔で規則的に呼吸を繰り返す。脈を測ってみても、これといった異常はみられなかった。
しかし先程の彼は異常だった。まるで発作のような……。

 

「おーい! 今日は大丈夫なのかー?」
突然玄関から聞き覚えのない男の声が聞こえてきて、スザクは身構えた。
「おい! ゼロ。いないのかー、上がるからなー」
「誰だ!」
ルルーシュに素早く布団をかけると、スザクは玄関へ走りだしていた。
今まさに家に上がろうとしていたのは、派手なシャツを着た30代くらいの男だった。
「えっ、お前こそ誰だよ。新しいゼロの客か? あいつ思い出せたのかよ」
「な、なにを言っている! ゼロ……?」
スザクはジャケットに手を入れ、護身用にと常に持ち歩いている小型銃を出し、男へと向ける。
「おいおいやめてくれよ! おれは何も悪いことはしてねぇよ! ただゼロの看病に」
「そのゼロというのは誰だ! ここの住人か?」
「ああ。ってかお前もここにいるんならアイツの知り合いなんだろ? あいつ倒れてねぇか? 毎日規則正しくこの時間に倒れちまうからよ」
「お前は……ルルーシュの何を知って……」

「へぇ、あいつルルーシュってのか」
男はいいことを聞いたといったように笑う。こいつは信用できないとスザクの直感が告げる。
「なんだよその目は。そうだよ、俺はあいつの名前すら知らなかったんだ」
「彼とどういう関係なんだ……」
「関係? 簡単だよ。客と男娼だよ」
スザクは男が発した言葉に耳を疑った。――男娼だと?

「えー、そのルルーシュ? は”ゼロ”って名前でウリやってたんだよ。で俺は常連だった。あいつ凄えんだぜ。いい声で啼くんだ。ブリタニア人のくせに租界でもないこんな田舎にいるもんだから、大人気だったさ。……気が狂っちまうまではな」
「は…………」
「お前今まであいつといたんだろ? 妹がどうのって言いながら気ぃ失ったの見たんだろ?」
「ああ! 何か知っているのか? ルルーシュは何か病気に」
スザクは男が告げる言葉に立ち尽くす。

 

「妹が死んじまっておかしくなったんだよ」
「いま、なんて……」
「だから! 妹なんて何年も前に死んでるんだよ」
「そんな、ナナリーが……!」
「そうそうナナリー。可哀想になぁ、障害が治ったのに、事故で……」
「事故……?」
「手術が成功して、退院した日にトラックにはねられたらしいな。ゼロも可哀想に、身体売ってまで治療費稼いだのになぁ……。
それ以来あいつの時間は止まったままなんだ。毎日毎日朝から妹が帰ってくるのを待って、事故のあった4時頃になると、全てを思い出して倒れる。そのまま朝まで眠ったら、また全て忘れちまってるんだ。記憶が更新されないんだな。ずっと同じ一日を、一番辛い一日を繰り返してるんだ……。俺はこんなあいつが可哀想で……毎日世話しに通ってるんだよ」
男は言いたいことだけ言うと、呆然と立ち尽くすスザクにルルーシュの世話を託して出て行った。

スザクはベッドで昏々と眠り続けるルルーシュの横で、一睡もできずにその夜を過ごした。
彼の頭の中を巡り続けるのはたった二文字の思い。

ふとスザクが頭を上げると部屋に朝日が差し込んでいた。よどんだ空気の塵が光って目立つ。
空気を入れ替えようと窓を開けると、その音で目を覚ましたのかルルーシュのわずかなうめき声が聞こえた。
「ルルーシュ! 大丈夫か!」
「スザク……」
ルルーシュの茫洋とした瞳は確かにスザクの顔を捕えたが、まだその目は意志を取り戻さない。

「なぁスザク。今日ナナリーが退院して帰ってくるんだ。二人で迎えに行こう。ナナリーもスザクに会ったらきっと喜ぶ。そうだ、三人で散歩に行こう。やっと歩けるようになったんだ……」