夏の雫

女装・長髪・幼児退行。ゲンルルベースのスザルル。

 

ひとーつ、ふたーつ
黒と赤の対比が暗い部屋の中でも目について離れなかった。
みーっつ
じゃらじゃらと懐かしい音がする。小豆がぶつかって立てる音。そうだこれは、
よーつ
僕が教えた。小さなころ彼に教えた遊びだ。
いつーつ
色鮮やかなお手玉がふたつ宙に舞う。
むーっつ
僕は悔いた。彼をここに残していった年月を悔いた。
ななーつ
あんなにも髪が伸びて。
やーっつ
この部屋の全てが過去のまま。彼の身体だけ伸びたよう。
こーこのつ
ざっと空中の球が畳に落ちる。
とお
振り向いた顔の、紅を引いた唇には、
やっと かえってきた
笑みが。
ぼくの すざく
 
 
 
ルルーシュとナナリーがうちにやってきて一夏が過ぎて、三人での暮らしが楽しくて仕方なかった。特殊な家庭に生まれた僕にとっては初めての友達だった。そしてかけがえのない家族となった。

このままの日々がずっと続けばいいと子供心に夢見た。
しかし幸福な日々は有限で、その生活はいきなり終わりを告げた。

「ブリタニアに留学、ですか?」
「向こうから打診があった。何年になるかは分からない」
父さんは葉巻に火をつけた。
「こちらも彼らを預かっているからな」
大儀そうに煙を吐く。父の眉間にはしわが寄っていた。
「全く、勝手に送り付けてきておいて代わりに息子を差し出せとは図々しい限りだ」
「……今度は僕が人質ってことですか」
父の大きな手が僕の頭をぽんぽんと撫でる。
「戦争を回避する為だ。今ブリタニアとは緊張状態にある」
僕がブリタニアに行くことで、この国を守れるのなら。いつも思っていたことだ。日本とブリタニアが戦争になるのだけは嫌だって。
「スザク、分かってくれるな」
異存はない。だけど心残りはあった。
「分かりました……代わりに、ルルーシュとナナリーを頼みます。絶対に、俺が帰ってくるまで無事でいられるよう、守ってください!」
「ああ、約束しよう」
 
あの時、僕は父を信じた。ブリタニアに着いてからは徹底的に身体検査をされたのを覚えている。運動能力がずば抜けてるとかでひとしきり騒がれたけど言葉がよく分からなかった。そんな僕にブリタニア語を教えてくれたのは第三皇女のユーフェミアだった。
「あなたが枢木スザク?」
ルルーシュの友達の日本人に彼女は大層興味を示した。
「ルルーシュの手紙通りだわ、そのふわふわの髪、翡翠の瞳!」
当時の僕には女と遊ぶのはあまり楽しくなかったけど、ユーフェミア殿下はよくしてくれた。少しの間リ家の宮殿でお世話になったあと、僕は軍学校に入ることになった。
外国人だがナンバーズではないという微妙な立場で風当たりは強かったけれど、僕の戦闘能力の高さを買ってくれたコーネリア殿下の後ろ楯があってナイトメアに搭乗する資格が得られた。学校に放り込まれたまま日本からもブリタニア本部からも連絡はなく、がむしゃらに目の前のことに立ち向かっているうちに気付けば十七になろうとしていた。ある日、軍学校内で一斉に適性検査が行われた。
第二皇子のシュナイゼル殿下指揮下の特別派遣嚮導技術部が新しく開発した最高ランクのナイトメア、ランスロットの可能性を最も引き出せるパイロットを探しているのだという。
そのテスト結果で僕が目に留まったらしく、シュナイゼル殿下直々にお呼び出しがかかった。「お初にお目にかかります。枢木スザク訓練生です」
「君が枢木首相の……昔はルルーシュが世話になったようだね」
「いえ、勿体なき御言葉!」
ルルーシュ、故郷に置いてきた、親の都合で僕と同じ目にあっている友達。
「そこで物は相談なんだが」
皇族が人質相手に相談もなにもないだろうと思う。物腰柔らかな人だが、これは命令だ。
「この度、対日本への武力攻撃の用意が整った」
「え……」
ついにその日が来てしまったというのか。
「こんなことを日本人である君に言うのは酷だとは思うが、君のおかげでランスロットが本来の性能を発揮することが出来てね、試作機の量産が完了したのだよ」
君が操縦するより性能は落ちるがね、と悠々とシュナイゼルは足を組み直す。
「そこでその前にルルーシュとナナリーを日本から助け出してほしいんだ。やってくれるね」「ナナリー、ただいま! 元気だったかい?」
「スザクさん! お帰りなさい!」
花のような少女は変わらないまま僕を待ってくれていた。だけど、もう一人の姿が見当たらない。
「ただいま、ナナリー。あれ、ルルーシュはどうしたの?」
「え……お兄様は本国にお帰りになったじゃありませんか」
「あ……」
そんな話は全く聞いてない。衝撃と共に付き人の咲世子を見れば首を横に振って、ただ事ではない様子だ。
「そ、そうだったね。時差ぼけかな、ぼんやりしてたよ。ブリタニアでちらっとしか姿を見られなかったけど、元気そうだったよ」
「そうですか……なら、いいのですけど……」
ナナリーはいぶかしげだ。うまくごまかせただろうか。咲世子と二人になるチャンスを見計らって問い詰めた。
「ルルーシュがブリタニアに帰った!? 本当なのか?」
咲世子はうつむきながら、「旦那様から絶対教えてはならないと厳命されているのですけど」と続けた。

本邸の大廊下をまっすぐ、まっすぐ進んで下さい。突き当たりまで行かないあたりに外に大きな松の木があります。そこに壁と同じ色をした隠し戸のふすまがあるんです。そこから隠し廊下に入れます。突き当たりの部屋に……どうか、どうかルルーシュ様を。

廊下を歩く。ほこりこそないが朽ち果てた感じがする。物置、亡くなった母の衣装部屋、そして一番奥の座敷。

そこで僕が見たのは変わり果てた幼馴染の姿だった。

お手玉を放り出してルルーシュが立ち上がった。
「すざく」
打掛を着て薄く化粧をした彼は少女にしか見えなかった。
「すざく おかえり」
雪のように白い肌に血のように赤い唇が目立つ。黒い睫毛に縁どられた紫の瞳はくりくりとして、頬は嬉しさにか上気している。真っ黒の髪が地につくほど長い。
「ルルーシュ……っ!」
色素の薄い両腕が伸ばされる。されるがまま抱き締められると、懐かしい母さんの匂いがした。白粉の匂いだ。
彼の身長は僕と同じくらいだけど、なんでこんなに小さく見えるのだろう。
「すざく すざく」
嬉しそうにくすくす笑いながら僕の名前を口の中で転がすルルーシュ。

部屋の中にはあの日作った風車。膨らまして遊んだ紙風船。あの夏の日の写真が散らばっている。
「ルルーシュ! どうしたんだよ!」
身体を引きはがし、顔をこちらに向かせる。
「なんでそんな格好してるんだ? こんなところに、まさか閉じ込められてるのか?」
「……なにをそんなにおこっているんだ?」
せっかくすざくがかえってきたのに。
とうに声変わりしている彼の声でたどたどしく話されるとぞっとするような違和感が襲う。

いきなりくずおれたルルーシュの髪が畳に散らばる。黒い髪から覗くうなじが白い。
「ぼくずっとまっていたんだ」
「なぁどうしたんだよ……ちゃんとしてくれよルルーシュ!」
かがみこんだ僕の頬にルルーシュの冷たい手のひらが添えられる。
「すざくがかえってきてくれたらあんしんだ」
全く意志疎通が出来ないルルーシュに泣きそうになる。一体いつからこんな状態に? 何かの病気なのか?
「なあルルーシュ! しっかりしてくれ!」
両肩を押さえたら勢い余って畳に押し倒してしまう形になった。

「すざくもおなじなのか?」
見上げてくる瞳には何の感情も読めない。
ルルーシュは両手で僕の肩を掴んで起こすと、自らの着物の帯に手をかけた。
「え? なに……」
「おまえもおとうさまとおなじなんだろ」
自分でぐいと肩を肌蹴けさせて、病的に細い身体が露わになる。
「おとうさまがくるといつもあれをするんだ」
無垢な笑顔が恐ろしい。
「あれ、って」
「おとうさまがぼくのこときれいだって、ぼくがおんなみたいだからいけないんだって。ぼくがさそうんだって」
まさか、まさか。
「父さんが……」
「だからすざくもおなじなんだろ?」
「ぼくをおんなにしたいんだ」

日々手折られていたんだ。

「やめてくれ、ルルーシュ、ごめん……」
なんで謝るのか分からないといったきょとんとした顔が悲しい。
彼は自分が何をされてきたのかすら、分からなくなってしまったんだ。
「ごめん、ごめんルルーシュ」
「すざく なかないで」
ひやっとした手のひらが僕の涙を掬う。
ひとのたいおんはなみだにきくんだ。
はっと顔を上げるとルルーシュは変わらないあどけない笑顔のまま僕を見つめている。

一瞬だけどかつてのルルーシュがいた気がした。

きっとやり直せる。
痩せこけた体をきつく抱き締めた。

 
 
通常運転ゲンルルベーススザルルでしたー。
紅の天鵞絨の別ルートとして考えていたものに、亡国4章のあれを見たらこうなりました。
幼児退行さいこう。